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※外傷に関する描写があります。


 とびきり人に優しくすれば、少しくらいはその優しさが返ってくるのではないかと虚しい期待をしていた。万人に受け入れられる人間などこの世に存在しないというのに、わたしはどうにか必死になって、受け入れてもらいたくて仕方がない。そうなってしまったのも四年前、そう、あの日だ。

「名字さんといる時の二宮さんってどんな感じなんですか?」

 たまたまラウンジで遭遇した出水くんと犬飼くんと共に、食堂に移って食事をしていると、ふいにそう聞かれた。答えたくなかったら言わなくてもいいんですけど、と付け加えた出水くんは興味津々といった表情で、悪意のかけらもない。何と答えようか言い淀んでいると、当事者ではない犬飼くんが得意げな顔をして目を細めた。

「あまっあまですよね」
「い、犬飼くん」

 犬飼くんの言葉を間に受けて「あまあま」と復唱した出水くんの箸が止まっている。言葉通りの姿を想像して混乱しているのだろう。気恥ずかしくなったわたしは別の表現を探してみるが、犬飼くんの表現が適切な出来事があまりにも多い。

「でも、そうかも」
「全然想像できないんですけど」
「いつもの二宮さんを知ってたら驚くと思うよ。隊の打ち上げに堂々と名前さん連れてくるし」
「本当にごめんね……」
「いえいえ、楽しいのでいいですよ」

 嫌味のない声色で言われるので、余計に申し訳なくなる。ニコニコしながら定食を食べている犬飼くんに頭を下げると、咀嚼中だったのか、ひらりと手を振られた。
 初めはただ「飯行くか」と言われてついて行った先に二宮隊の子たちがいて、お互いに驚いたのをよく覚えている。二宮さんはそれがさも当たり前かのように淡々と場を仕切るので、わたしたちは有無を言わさず食を囲むしかなかった。そうしたことが何度もあったせいか、最近は気を遣って犬飼くんたちからわざわざ誘ってくれるようになったのだった。

「焼肉行ったらずっと肉焼いてくれますよね」
「くれるね」
「ナチュラルに肩抱いて歩きますよね」
「……するかも」
「あ、この前聞いたんですけど、洋服どっちにするか悩んでたら、後日選ばなかった方買ってくれてたって本当ですか?」
「何で知ってるの……」

 はは、すげー二宮さん、なんて言いながら相変わらずニコニコしている犬飼くんは一体どこから情報を得ているのだろう。この話題を持ちかけてきた出水くんは、「すげー惚気」なんて恥ずかしそうな顔で言っている。

「二宮さんって結構オープンなんすね。なんかもっとドライな感じだと思ってましたよ」
「名前さんのこと大好きですよね」
「も、もう勘弁して……。わたしお水持ってくる。出水くんと犬飼くんはお水いる?」
「大丈夫です」
「あ、俺行きますよ」
「いいの、これ以上この場にいたら恥ずかしくてどうにかなるから」

 空になった自分のものと、出水くんの紙コップを持って給水サーバーへ向かう。犬飼くんがあんなことを言うから顔が熱い。はあ、とため息を吐きながらお水を注ごうとすると、タイミングよくC級の男の子たちと鉢合わせた。

「すみません、っえ?」
「あっ、おい!」

 一人はわたしの顔を見るなりギョッとした表情をして、もう一人の子はそれを制するように肘で小突く。慌ててその子が謝るので、わたしは出来るだけ穏やかに笑う。

「ごめんね、びっくりさせちゃったかな」
「いや、こちらこそすみません!」

 二人で深々と頭を下げるので、周りが何事かと見ている。あまり注目されたくなくて、大丈夫だからと頭を上げさせる。

「トリオン体から実体に戻ったときに驚かせたら悪いから、こっちの体でも再現してるんだ。見苦しくてごめんなさい」
「そんなことは……!」
「お水、お先にどうぞ」

 手でうながすと、二人はぺこぺこ頭を下げながらお水を注いで、最後に一礼して去って行った。わたしはさっきまで紅潮していた熱が嘘のように引いているのを実感しながら、両手に紙コップを持って席へと戻った。

 四年前の侵攻で、顔にII度、腕と背中から首にかけてV度の熱傷を負った。大型近界民に潰された家から火が出て、下敷きになった時に焼かれたものだ。火傷の跡は残り、まだらに変色したり、ケロイドになっている。特に酷かった背中は移植手術を受けた。あの時に亡くなった誰かの皮膚なのだろう。
 火傷が回復に向かっていた頃、三門市にはいつのまにかボーダーという組織ができていて、近界民から市民を守る隊員を募集しているとメディアを通して伝えられていた。日常生活を送れるまでしばらくかかったが、自分が生き残ったのもボーダーのおかげであるし、助からなかった命の重みに怪我をしたことで更に気付かされ、その道を志したのはごく自然なことのように思えた。
 ただ、わたしの生活は本当の意味では元に戻らなかった。誰の目にも入る痛々しい傷跡が、知人には憐まれ、見ず知らずの人間の興味を引いた。外へ出ればたくさんの視線に敏感になり、誰かと会えば必ず話題に挙げられる。避けられない傷がわたしの印象を形作っていった。それからだ。わたしは見た目に負けないように、人にとびきり親切になった。表立ったものにハンデがあるならば、内面で補わなければ。そうしないと社会から浮いて、一人になる。わたしは少しも休まらない日々を過ごした。
 誰にでも優しく振る舞っているうち、わたしのことを好きだと言ってくれる人が現れた。その人はわたしの優しさにとても感謝していて、わたしのことも支えてあげられる存在になりたいと言ったが、その時はボーダーに入って間も無く、忙しい日々を送っていたため申し出を断った。それからもぽつりぽつりと、わたしを好いてくれる人が現れたが、気づいてしまった。好きだと言ってくれた人たちは、わたしに優しくしてほしくて、わたしの心の傷に優しくしたいのだと。
 火傷の跡を誰にも見られたくない。気を遣われたくないし、ないものとして扱ってほしい。それなのにどこかで、わたしの痛々しいところ全て見てほしい、そんな思いが確実に募っていた。

「入らないのか?」

 二宮さんが玄関から振り返り、小首を傾げた。犬飼くんと出水くんとの食事の後、個人ランク戦を数試合したわたしは二宮さんと合流し、彼の住むマンションを訪れていた。

「ぼんやりしてました」

 ドアを開けたままにしてくれている二宮さんに笑いかけると、訝しげに少し目を細められたが何も言わないでいてくれた。促されて室内に入る。相変わらず洗練された部屋だ。

「レポートやらなきゃ」
「明日でいいだろ」
「早目に片付けたい派なんですよ」

 上着を脱いで荷物をソファーの横に置いているわずかな間に、二宮さんはキッチンでコーヒーの用意をしてくれている。二宮さんの部屋に来るのは頻繁と言っていいほどだけれど、飲み物の準備をさせてくれたことは一度もない。朝、二宮さんより早く起きられたらわたしが淹れるが、それ以外はほぼ二宮さんだ。それをもどかしいと思う反面、嬉しいと思う自分がいる。
 ローテーブルの上に持参していたパソコンを置き、コンセントを差す。付き合い始めはいちいち許可を得ていたが、今では自分の家のように勝手にしている。というのも、気を遣いすぎると二宮さんの機嫌が悪くなるというのがわかったからだ。普段から口数が少なく、開けば強い言葉が出てくる二宮さんだが、言葉には全て偽りがない。虚栄心や、謙遜して人に好かれるような振る舞いもしない。そんな人が、わたしに対して分かりやすいくらいに優しくしてくれることが嬉しかった。

「なんだ?」

 マグカップを両手に持ってリビングに来た二宮さんは、目をすがめてわたしを見た。パソコンの横にマグカップを置いてくれて、斜向かいに座る。

「いえ、二宮さん優しいなって思ってただけです」

 お礼を言ってマグカップに口をつけると、ほんのりと甘くなっている。わざわざ向こうで砂糖を入れてくれたようだった。二宮さんは澄ました顔でコーヒーを飲んでいるが、機嫌が良さそうだ。
 しばらくまったりと過ごして、先に風呂に入るよう言われた。一番風呂も必ず譲ってくれる。直接言われたことはないが、これはわたしが薬を塗ったり保湿をする時間を与えるためだと思う。
 二宮さんは出会った時から何故か、わたしがしてほしいこと、してほしくないことの境界がわかる。その頃、わたしは他人に優しくしすぎて随分と摩耗していたが、そんなわたしに気がついたのは二宮さんだけだった。わたしが何を考え、過ごしていたのか全く知らないはずの二宮さんといるのは、長年共に過ごした友人といるよりも心地好くて、安心した。

「早く髪を乾かせ」
「はーい」

 風呂から上がった二宮さんは、寝巻きの黒いスウェットに身を包んでいる。初めはパジャマを着ているイメージだったので、二宮さんも普通の男性なんだな、と思った記憶がある。
 保湿を終えたわたしは、少しだけ進めていたレポートを保存して脱衣所へ向かった。先程まで二宮さんが使っていたドライヤーのコンセントが差しっぱなしになっている。肩にかけていたタオルで軽く頭を拭いて、ドライヤーのスイッチを入れた。
 以前、犬飼くんに「二宮さんって髪乾かしてくれたりするんですか?」と茶化されたことがある。お姉さんが彼氏にしてもらって喜んでいたから、という理由で訊かれたのだ。確かに犬飼くんの中の二宮さんのイメージではしてくれそうだが、実際のところ経験はない。言えばしてくれそうだが。
 すっかり乾いた髪を梳かしてリビングに戻ると、二宮さんは端末を見ていた目線をわたしに向けた。ランク戦のログを見ていたらしい。

「そのままでいいですよ。わたしもレポートするので」
「明日にしろと言っただろ」
「えー」

 言われつつ、パソコンを開く。どこまで書いたかを確認するついでに誤字がないか読み返していると、短くため息をついた二宮さんが立ち上がった。どこかへ行くのかと思ったのも束の間、二宮さんがわたしの背後へと回り、しゃがみ込んだかと思えば、ゆるいパジャマの襟元をぐいと後ろに引っ張った。

「あっ」

 さらけ出されたうなじに柔らかな感触がして、ぞくりとする。頸椎に唇が落とされたのだ。わたしはこれをされるとすぐにダメになってしまう。見つけたのは二宮さんだ。わたしのうなじから背中にかけて火傷の跡があるので、誰も触れてこなかったこの事実は、唯一、二宮さんだけが知っている。衝撃でエンターキーを長押ししていることに気がつき、空白の三ページが出来てしまっていた。慌てて消そうとしたが、二宮さんは背後からわたしの右手を取り、もう片方の手で手際良くパジャマのボタンを外した。肩口までずり下げられて、うなじから肩へ唇を落とされる。

「二宮さん、いつからそういう、アレ……なんですか?」
「最初からだ」

 飾り気のない誘いの言葉に心拍数が上がる。二宮さんの家に来ても毎回するわけではないし、どちらかと言えば少ない方だと思うが、今日は初めからそのつもりだったらしい。わたしも二宮さんにスイッチを入れられてしまったので、拒むことはしない。

「匡貴さん……」

 パソコンをそっと閉じて振り返ると、支えるように後頭部に手を回されて触れるだけのキスをした。一度離れて、二宮さんの首に腕を回すと、わたしの口を開かせるようなキスをされる。このまま倒れ込んでしまいたかったが、二宮さんは床やソファーで行為は絶対にしない。浮ついたままの頭で立たせられ、暗い寝室へと入る。
 それからの二宮さんはあっという間にわたしの服を暴くと、次々にわたしの身体へ口付けた。無事だった皮膚も、未だに残っている跡も、わたしが気持ちいいと感じる場所全て。初めての行為もそうだった。目が慣れてきた暗闇で、わたしの肌がどうなっているのかなんとなくわかっている二宮さんに、そうして愛されることが奇跡のように感じた。

「名前」

 ただ名前を呼ばれるだけで、わたしの様子を窺っているのがわかった。二宮さんのサラサラした髪に触れる。今までにあった悲しかったことが、全て溶かされていくようだ。

「匡貴さん、すき……」
「ああ」

 頬に口付けられて、二宮さんと一つになる。二宮さんは無闇に愛の言葉を囁いたりしない。しないけど、視線が、振る舞いが、わたしを愛してくれていると物語っている。わたしが二宮さんを特別に感じているように、二宮さんにとってもわたしが特別なのだと誰の目から見てもわかる。ぎゅう、と二宮さんにしがみつくと、背中に腕を回されて、ぴったりとくっ付く。不規則に揺れる二宮さんの髪が耳元をくすぐる。
 二宮さんと出会ってから、わたしの心はずっと心地好い。


20210311

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