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『蹴りたい背中』なんてタイトルの本があったけど、今の私はどちらかと言うと自分の背中を蹴り飛ばしてもらいたい。身体の内側でのたくる羞恥丸ごと、頼むから吹っ飛ばしてほしい。しかし私に対してそんなことをしてくれる人間はおらず、その代わりに今日も唯我は出水にドロップキックされている。

「ひどいじゃないですか出水先輩! 本当にボクを何だと思ってるんですか!」
「お荷物くんだろ」
「あんまりだ! ボクが訴えたら間違いなく出水先輩は有罪ですからね! 誰か書道家に『勝訴』を依頼しておいてくれ!」
「うるせー」

床に倒れた唯我は涙目で出水を見上げるが、出水は全く気にしていない様子だ。昨日までの私であれば、出水と一緒になって唯我をいじっていた。今日の私は黙って見ているだけだ。
唯我はコネでA級一位の部隊に入ったから、A級の中でもとびきり弱くて、それなのに態度がデカくて高飛車で、性格が鼻に付く。太刀川さんからはぞんざいな扱いを受けているし、出水はいつも唯我に厳しい。唯我はそんな彼らに圧力を掛けるようなことを言うが、実際に正攻法に出たことはないし、除隊する気もないらしい。
そんな唯我なので、私は出水と同じように唯我をいじる立場にいてもいいと思っていた。だがそれは大きな間違いで、出水が唯我に対してこういう仕打ちをしているのは、同じチームの先輩で、指導役になるくらいの実力があるからだ。唯我に十本勝負で負けた私には、そんな資格は全くないと気付くまで、随分と時間が掛かってしまった。一体どの口が言っていたのだろう。最悪だ、私は。
唯我はむくりと立ち上がると、隊服のコートを念入りにはたいて、前髪を指で払った。そして少し顎を上げて、ドヤ顔をする。

「今日はとても惜しかったですよ名字先輩。ボクへの挑戦はいつでも大歓迎ですからね。A級一位の戦い方ってやつを教えてあげますよ」
「だから調子乗んな!」
「いたーっ!」

尻を蹴られて大声を上げる唯我に、私は何も言い返せなかった。いつもと違う様子の私を不審に思ったのか、出水はやいやいと吠える唯我を無視して私に近付いて来る。

「まあなんだ。名字もB級上がったばっかだし、今はまだこんなもんだろ。必要以上に落ち込まなくていいって」
「はは、ありがと……。ちょっと、今日は帰るわ……」
「お、おー」

じゃあねと出水と唯我に手を振って、その場を離れる。どうやって帰宅したのか、記憶は朧げだ。
そして妙なことに、その日から私の頭は唯我のことで頭がいっぱいになってしまった。

唯我は絵に描いたような金持ちの御曹司で、かなり甘やかされて育ったのは間違いない。一人っ子なので余計にだ。おそらく、唯我の父の会社の社員に対してもこんな感じなのだろう。果たして可愛がられているのか、疎ましく思われているのかはわからないが。
唯我は時々差し入れに、高級なお菓子を持って来てくれる。その時にはもちろん「庶民では到底手が届かない代物ですよ! ボクに感謝して味わって食べてくださいね!」と余計な一言を言うが、大口を叩くだけあってかなり美味しい。素直に喜ぶと、唯我は「そうでしょう!」とうれしそうに鼻を高くして、もっと食べろと勧めてくる。そういう意味では、私は唯我に餌付けされている。しかし今思うと、私は唯我に随分な仕打ちをしていたはずだが、そんな女に対してお菓子をくれたりするなんて、心が広いのではないか。

「ぐあー!」

すさまじい自己嫌悪が襲う。張り倒してほしい。

唯我がA級に入れろと無茶を言ったという話を聞いた時は、これだからボンボンは、と思ったものだが、よくよく考えると、唯我は何故ボーダーに入ったのだろう。これがドラマやマンガだったら、金を出すからボーダー一位の部隊を自分の護衛として雇う、みたいな流れになりそうなものだが、唯我はそうせずに、自ら戦うことを選択した。確かにボーダー組織のトップチームという肩書はカッコいい。しかしそれは、自分の命を掛けてまで得たい名声だろうか。
唯我の頭の中は、どんな思考回路なんだろう。

「なんも考えてねーだろ、あいつは」
「そ、そうかな……?」
「強いて言えば目立ちたいだけ」

数日間ぐるぐる考えていたことを出水に打ち明けると、出水は真顔でバッサリと言い捨てた。この数日の答えが「何も考えていない」なのは腑に落ちず、私は頼まれてもいないのに唯我を擁護するために食い下がる。

「で、でもさ。普通に考えて御曹司がわざわざ前線に出なくてよくない? それにちゃんと訓練も任務もサボらずやってるしえらいじゃん!」
「実力ねーのにA級にいる時点でえらいも何もないだろ。つかどした名字、この前からちょっと変じゃね?」
「私は身の程を知ったのよ……」
「なんだそりゃ」

訝しげに目を細める出水を説得しようと、私は身を乗り出して唯我についての考察を話す。メガネのブリッジをクイクイ上げて、ろくろを回す勢いだ。

「唯我って生まれた時から自分の人生が決まってるじゃん。だからこそボーダーに入りたかったのかなって私は思ってて」
「はあ」
「それにほら、ボーダーに所属してましたっていうのも、プロモーションになると思わない? 社会的信用が上がりそう」
「社会的信用の使い方間違ってねーか?」
「えっ、めちゃくちゃやり手じゃん、やば……」
「聞け! おまえマジで唯我に夢見すぎ! 考えてみろって、唯我だぞ?」
「わかんないじゃん唯我だって色々考え、て……」

私が勝手にヒートアップして、思わず立ち上がって身を乗り出した目線の先に、目をまん丸にした唯我が佇んでいた。その手にはお洒落な紙袋が下げられている。おそらくお菓子だ。
私はさっと冷静になって、羞恥心が津波のように一気に押し寄せてきた。

「名字先輩……」
「あ、ハイ……」

唯我は俯いてわなわなと震えると、大袈裟な動作で顔を上げた。この上ない上機嫌さに、うわ、とたじろぐ。

「そこまでボクのことを理解してくれていたなんて至極光栄です!」
「ハイ……」
「そう、ボクはこれから会社だけでなく多くの社員とその家族、はたまた取引先の企業すらも守っていく立場にある。そんなボクが三門市くらい守れずどうするっていうん、ぶふぁ!」
「おまえマジでどの口が言ってんだよ!」
「ボクが社長になった暁には出水先輩の仕打ちを自叙伝で暴露してやる!」

ぶわっと涙を流しながらわちゃわちゃと腕を動かす唯我から、何故か目を離せない。
私たちは三門市に住む住民を守っているわけだが、それは大多数が顔も知らない群衆で、例え守れなかったとしても、私個人に責任があると糾弾されることはないだろう。しかし唯我は、選択それぞれに、全ての責任を負う立場にある。先程の唯我の言葉が本心なのか、口をついて出たものなのかは知らないが、やっぱり私は唯我には及ばない。
じっと唯我を見つめていると、泣き止んだ唯我が不思議そうな顔で私を見た。そしてはっと何かに気がついた顔をすると、仰々しく片手を額に、もう片方を私に差し出した。

「名字先輩がどうしてもと言うなら社長夫人の座を空けておいて差し上げますが?」
「いやいい。私烏丸くんが好みだから」
「なーっ! またしてもあの貧乏人!」

本当は烏丸くんのことをイケメンだなぁくらいにしか思っていないが、ボーダー内ではこう言っておけば角が立たない。しかし唯我は烏丸くんに対して複雑な何かを抱えているので、人選を間違えてしまったか。
果たしてこれから唯我が、ボーダーや未来の部下たちから信用される人物になり得るのかは疑問だが、なんとなく私は、そうなっていく唯我を見ていたいような気がした。でもなんだか癪なので、気のせいということにしておく。

20210924
企画提出作品
・ウォッカマティーニ/選択
・ラズールロック/社会を羽ばたき信用を集める品格者

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