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気が置けない仲。その程度にしか思われていないことを、諏訪はわかっていた。話が弾んでタバコの本数が増えてしまうのも、居酒屋で飲んだ帰り道に唐突に顔が見たくなるのも、特別に思っているのは自分だけだと、諏訪は虚しくなるほどに知っていた。

「そういや、今日誕生日なんだって? 誕生日にボーダーなんか来ちゃって、寂しい奴」
「この歳になって誕生日にはしゃぐほどガキじゃねンだよ」

ボーダー内の喫煙所のベンチに座り、どっかりと足を組んだ諏訪は、タバコを持ったままの手で頭を掻いて名前を見た。名前は蒸していたタバコの灰を落としながら、わざとらしくドヤ顔をする。

「私はめちゃくちゃはしゃぐけどね。去年の誕生日は友達とバカバカ酒飲んで、気づいたら朝方川で泳いでたよ。そのままみんなで河川敷で寝転がってたら、釣りに来たおっさんにめちゃくちゃ心配されちゃった。今思うと死人が出なくてよかった、私の誕生日だし……」
「名字さん、バカやってっから留年すんだろ」

こうしたエピソードは時々、諏訪の耳に入ってくる。そのたびに、どうしようもないことを全力でやる名前を勝手に心配したりもするが、直接口に出したことはない。

「青春っていってくれたまえ」
「言うかバァカ。いい年こいて青春とか言ってんじゃねーよ」
「バカァ? 生意気だぞ年下のくせに」
「今は同期だろうが」
「うっせ、ばーか」

あはは、と名前が大きく口を開けて笑った。
名前が二度目の三年生を迎えた頃、諏訪は彼女に敬語を使うのをやめた。元々砕けた敬語で話していたものの、それを完全にやめてしまうのは、一種の境界線の先に行く心地だった。何か言われるのを覚悟していたのだが、名前は諏訪にタメ口で話されていることすら気づかずにいた。それほどの親密さがあると言えば聞こえはいいが、変化に気づいてもらえないほど自分に感心がないのかもしれないと、その時の諏訪は思った。
せめて「名字さん」と呼ぶのを、「名前」に変えたら確実に何か言われていただろう。しかし、ただでさえ女を下の名前で呼び慣れていない諏訪だ。それに加えて、謎のプライドが邪魔をして、結局「名字さん」と呼び続けている。
よく食べ、よく飲み、よく笑う名前は友人が多い。そのため、諏訪が名前の誕生日に飲みに呼ばれなかったのは、至極当然のことだったし、諏訪が自分の誕生日に名前を誘わないのも、当然のことだった。むしろ、今日が誕生日であることを知られていたことにすら、諏訪は驚いたのだ。
そもそも諏訪と名前が二人きりになるのはボーダー内の喫煙所だけだ。喫煙している隊員が少ないため、名前がタバコを吸うときは、必ず誘われる。諏訪はその誘いを一度も断ったことがない。

「えー、今日誕生日祝ってくれる人いないの?」
「いねーよ」
「風間は?」
「何が悲しくて風間に祝ってもらわなきゃなんねーんだ……」
「確かに」

諏訪は横目で名前を盗み見る。何も期待していない体を装うのは、この半年で随分上手くなった。名前はスマホを見て、「あー」と顎に手をやる。

「酒奢ってやろうかなって思ったけど、今日これから任務あるわ。残念」
「祝ってくれなんて一言も言ってねーぞ」
「素直じゃないなぁ。でもせっかく誕生日だし、今日は無理かもだけど何かプレゼントあげるよ。ほしいものある? あ、現金とか車とかはやめてよ。私があげられるものにして」

諏訪は一呼吸置いて、灰を落としながら言う。

「お前」
「ん?」
「……名字さんが去年出したレポートの写しくれよ」
「おい! 留年した私にそんなもんねだるたぁいい度胸じゃない?」
「はっ、確かにな」
「大して役に立つかはわかんないけどさぁ」
「くれんのかよ」

日和った。情けなさを隠すように目元をくしゃくしゃにして諏訪は笑う。名前は短くなったタバコを灰皿に落とすと、新しいタバコをケースから取り出した。今吸い終わったものが最後のタバコだと思っていた諏訪は、手のひらにあったライターを名前に差し出すように腕を伸ばし、火をつけた。気が利くじゃん、と名前は笑って、諏訪に近づく。火がついても、名前はその距離のままタバコを吸い始めた。

「まあでも、あげたら私の誕生日にも何か返してもらわないとな。十倍返しとかで。ねー、諏訪は私の誕生日に何くれんの?」

にやにやと口元を歪めて、名前は諏訪を見た。からかわれていると理解しつつ、どうにか一矢報いたい。そう思った諏訪は、煙を吐き出しながら、淡々と言った。目線だけは、地面に落としてしまった。

「全部やる」
「何の?」
「俺の」
「え、命とかはさすがにいらないんだけど……」
「だろうな」

鼻で笑う諏訪だが、内心項垂れる。自分の不器用さに心の中で悪態を吐くが、顔には出さないようにした。
そろそろ行くか、と諏訪がタバコを灰皿に落とそうとした時、名前は「ねえ」と諏訪に呼び掛けた。立ち上がろうとした腰を、再びベンチに戻す。

「勘違いだったら悪いけど、もしかして口説いてる?」

純粋に疑問に思った、という表情で、名前は諏訪を真っ直ぐに見つめた。今、目を逸らしたら男として終わりだ。緊張していることだけは悟られないよう、余裕たっぷりを装って、諏訪は意地悪く、挑発的に笑う。

「気づくの遅ぇよ、鈍感女」
「……わかりにくいんだよ、その顔でシャイかよ」
「悪かったな、シャイでよ」
「よし諏訪。これを吸ってちょっと待っていなさい」

名前は火をつけたばかりで、数回しか吸っていないタバコを諏訪に押しつけると、立ち上がって誰かに電話を掛けた。フィルターにうっすら口紅がついたタバコを指に挟み、「吸えるわけねぇだろ」と自分にしか聞こえない声で呟く。
程なくして電話を終えた名前は、諏訪の前に立つと、カバンを肩に掛け、親指を立てた手をびしっと後方へやった。

「飲み行くぞ諏訪!」
「は、お前任務は……」
「代わってもらった。諏訪、あんた今日頑張れ。めちゃくちゃ頑張れ。その結果次第で、私のことを下の名前で呼ぶ権利を授ける」

バレてら、と諏訪は心の中で呟いて、短く息を吐いた。

「授けんな。頑張れってなんだよ、ふざけてんのか」
「ほら、酒は明るいうちから飲むのが一番うまいんだから」
「っかー……」

結局名前のタバコを一度も吸うことが出来ないまま灰皿に沈めて、諏訪は重い腰を上げた。意識されているのかわからない態度の名前のつむじを睨みつける。

「あっ、そうだ」

ぱっと顔を上げた名前と目が合い、諏訪はぎくりとした。しかしそんな諏訪の様子に触れずに、名前は、にかっと笑う。

「誕生日おめでとう!」
「……おう」

先程までの諏訪なら、何ももらわなくても、この言葉だけで満足していたはずだった。しかし状況は一転した。それだけでは、もう飽き足らない。諏訪はこれから、目の前の能天気な女を手に入れるために、言わなくてはならなかった。この半年、それ以上前からずっと言えなかった一言、「お前が欲しい」と。


20210801
諏訪さんお誕生日おめでとう!

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