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「私の幼馴染みがボーダーなんだけど」

この会話から始まる流れを、何度繰り返したかわからない。

え、ボーダーに知り合いいるの、すごい。
うん。小さい頃から知ってるから、活躍してるの見ると感慨深いんだよね。
活躍って、え、ちょっと待って、もしかして結構有名?
あー、まあ、そうだね。知ってる人だと思う。
うそうそうそ、待って、マジで言ってる?
ちょっと、声が大きいって。
まさかとは思うけど、まさかだったりする?
するかも。
あ……から始まったり。
あら……って続くかも。
ぎゃー! 嵐山准! うっそ、ふざけんな!
だから声大きいって!

准がボーダーに入って、広報担当になったことを知った時、関心よりも先に驚愕した。准は昔から人格の根っこから明るくて実直な性格だったけど、自分の中の優先順位がはっきりしている我が強いタイプだったので、その順位を覆してまで街の人々を守りに行く姿が想像出来なかったからだ。
その予想はやはり当たっていて、入隊の記者会見の時に、家族の無事を確認出来たら街の人々を守ると大勢の記者の前、それもテレビ放送されるあの場面でにこやかに断言した姿に肝を冷やした。そして同時に、そんな彼と昔から一緒に過ごしてきたこと、幼馴染みであることに喜びを見出していた。
三門市にいると、准の活躍は意識していなくても目に入ってくる。初めはデパートの特設コーナーにボーダーオリジナルグッズが売り出されていて、准のグッズが並んでいるのを見てぎょっとした。知り合いの顔が缶バッチやらキーホルダーになっているのは、違和感しかなかった。しかし今ではその辺のスーパーのレジ前に、当たり前のようにボーダー関連のグッズが置かれるようになったし、それを身につけている人とすれ違っても、特に何かを思うこともなくなった。実際に見たことはないが、ボーダーの中には等身大の准のフィギュアがあるらしいとネットの記事で見た。
そんなものを見たり、買ったりしなくても、准は私の隣の家に住んでいる。元々一軒家があったところを取り壊し、分譲した土地に二軒建ったのが私たちの住まいだ。そのため、家同士がとても近く、私と准の部屋は窓から移動出来てしまうくらいの、少女漫画みたいな距離だった。子どもの頃は双子も交えて実際に行き来して遊んでいたが、中学生になる頃には、カーテンを開けることがほとんどなくなっていた。そのカーテンを開けるようになったのは、数年前からだ。

バイトを終えて、一人でウインドウショッピングをした帰り道、少し前を歩く准の姿があった。羽のような髪をしているので、遠くから見てもすぐにわかる。普通の人は、准の姿を見掛けるだけで大事なんだろう。声を掛けることすら躊躇ったり、アイドルのように写真やサインを求めたりするのだろうか。そんなことを思いながら、准に駆け寄る。

「准!」
「おっ、名前。今帰りか?」
「うん。准もボーダー帰り?」
「いや、今日は普通に大学の帰りだ」
「そうなんだ。お疲れさま」

ボーダーと大学生を両立しているのは、やはりすごいことだ。私は自分で入れたバイトのシフトですらめんどくさいと思ってしまうのに。

「そうだ。昨日テレビ観たよ」

お昼にやっている番組内の特別企画で、ボーダーが取り上げられていた。ボーダーがテレビに出るのは珍しいことではないが、人気番組なだけあり、かなりの視聴率だったらしい。キャスターの取材にも臆することなく自然体で話す准の姿は、SNSでもかなり話題になっていた。

「見てくれてありがとう」
「あれ全国放送でしょ?」
「ああ。県外からスカウトするにも、ボーダーがどんなことをしてるか広めないといけないからな」
「そうなんだ。やっぱすごいね准は。昔から何かすごいなーって思ってたけど。准は私の自慢だよ」

にっと笑って准を見上げると、准は穏やかな笑みを浮かべた。普通の女の子だったら黄色い声を上げてしまうような、整った表情だった。

「俺は名前の自慢のためにボーダーをやってるわけじゃないけどな」

きゅっ、と喉が締まる。放たれた言葉に、どっ、と心臓が跳ねた。准は笑顔を崩さないまま、私の横を歩いている。動揺していることを悟られないようにしたかったが、きっと准は気づいている。直接言ってこないのは、長い付き合いの中で、私の性格を熟知しているからだ。
准は何事もなかったかのように、会話を続ける。

「名前は今日はバイトだったのか?」
「うん。ハンバーガー屋さんで働いてる」
「ハンバーガーか。今度みんなで食べに行くよ」
「うん、来て。特にサービスとかは出来ないけど」
「それは残念だな」

内容のない話をいくつかして、家の前に着いた。准はこれからコロの散歩に行くらしく、「一緒にどうだ?」と誘われたが、バイトで疲れているからと断り、さっさと家の中に入った。

准に言われた言葉が、ずっと耳に残っている。自分の愚かさに、自己嫌悪が止まらなかった。
私は、ただ准の幼馴染みなだけで、何者でもなかった。それなのに、准の努力をまるで自分のもののように話したり、幼馴染みであることを羨ましがられることで優越感に浸っていた。そのことを自分でもわかっていたはずなのに、他人からの羨望の眼差しがあまりにも気持ち良くて、やめることが出来なかった。
准は優しい。私の過ちを正そうとしてくれる、上部だけじゃない優しさを持っている。言われるうちが華とはまさにこのことだ。そして、言われて気づくことが出来た自分には、まだ希望が残っていると信じたい。
私は一番、深く深呼吸をしてからスマートフォンを取り出し、見慣れたホームページをスクロールした。

「さて、これからオリエンテーションを始めたいと思う」

ボーダー本部長の挨拶が終わり、その場を引き継いだ嵐山隊は、壇上から降りるとポジション別に私たちを分けた。緊張している私に笑い掛けた准に、強がって笑みを返す。
あの日、志願書をボーダーに提出した私は、次回の入隊日が来月であることに驚きつつ、「やられたな」と思った。准の思惑通り、とんとん拍子に入隊が決まり、今日を迎えてしまった。
今、私たちに先生のように教える立場の准も、ここからスタートだった。准が一体どのような努力を重ねてきたのか、私はこれから身を持って知ることになるだろう。

「名前」

演習場への移動の最中、自然な流れで私の側に近寄って来た准は、目を合わせず、真っ直ぐ前を向いたまま小声で名前を呼んだ。他の隊員もいる手前、特別扱いを悟らせないためだろう。私も真っ直ぐ前を向いて、先頭を歩く時枝さんの背中を見つめる。

「入隊おめでとう。名前がボーダーに入って嬉しいよ」
「こちらこそありがとう、気づかせてくれて」
「いや、お礼を言われるようなことは何もしてないぞ。ただ、ボーダーは名前に向いていると前から思っていただけだ」

横目で見上げると、准は小さく口の端を上げていた。そして、一瞬だけ私を見て、小さく敬礼をした。

「戦場で逢えるのを楽しみにしている」

そう言い残して、准は時枝さんに追いつくと、首に掛けていたパッドを見せて何かの相談を始めた。

「簡単に言ってくれるよね……」

准と共に戦うだなんて、一体どのくらい強くならなくてはいけないのだろう。B級隊員になるのも、かなり大変なことらしいと噂で聞いた。だから余計に今までの私の言動が恥ずかしくて、居た堪れない。しかし私を幼い頃から知っている准が向いていると言うのだから、期待に応えたい。今はそれが、私が戦う理由だ。


20210729
お誕生日おめでとう。
リクエストありがとう。
タイトルはayuちゃんから頂きました。

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