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ノーコン。消える魔キューブ。センスゼロ・グラビティ。これらのあだ名は一部に過ぎないが、全て名前に授けられたものだった。C級隊員で射手希望の彼女にこうしたあだ名がつけられていったのは必然で、あだ名の通り名前には射手の才能が皆無だった。しかし彼女なりに射手を志す理由があり、頑なに他のポジションに転向しないので、面白がった周りが彼女をからかい始め、こうしたあだ名を増やしていったのだった。

「えー、てことで。誠に遺憾ではありますが、悪魔に魂を売りに来ました。コツを教えやがれください」

誠に遺憾をそのまま顔に張りつけた表情をする名前に、出水は口元を痙攣らせた。
出水と名前は同級生で、同じクラスに所属している。学内では積極的に絡むほどの交友関係ではないが、タイミングが合えばボーダーまで一緒に行ったりもするし、グループで食事に行ったこともあるような、至って普通の友人関係だ。そのため、A級隊員である出水にも、名前の射手としての噂はしっかりと届いていた。

「悪魔って、お前なあ……。A級一位の隊にいるおれによくそんな口利けるよな」
「あたしにとっては那須さんと加古さん以外全員悪魔なんだが?」
「じゃあその二人はなんなんだよ」
「女神に決まってるでしょ。出水ってアホなの?」
「お前に言われたくねえ!」

名前は那須に憧れてボーダーを志した。病弱ながら華麗に戦う様をテレビで見た名前は、自分もこんな風になりたいという思いから、親の反対を押し切りボーダーに入隊した。だが壊滅的なセンスゆえに、入隊から三ヶ月経った今でもトリオンの扱いに苦戦していた。先輩から教えを乞うこともあるが、飲み込みが遅く、また何故か人の言うことを素直に聞かないので、B級に上がるのは夢のまた夢である。
そんな名前は、那須に弟子入りをしたいと前々から思っていたという。そのため、那須に弟子入りする前に、恥ずかしくない程度に自分を鍛えてほしいと出水の元を訪れたのだった。
我が物顔で太刀川隊のソファーでふんぞり返る名前に、出水は背中を丸めてこめかみに手をやる。

「あー、頭痛くなってきたわ。つーか名字、お前マジで射手向いてないと思うんだけど……。この前バイパー使ってる時のログ見たけど、あんなん初めて見た」
「は? あれはちょっと失敗しただけで、すぐ出来るようになるんですけど」
「自分の弾でベイルアウトすんのがちょっとなわけねー」

それは名前が初めてバイパーに挑戦した時のことだった。バイパーは弾道を設定することで複雑な軌道を描くことが可能だが、名前はどのような設定をしたのか、なんと返って来た己の弾に当たってベイルアウトしたのである。その様子を記録したログは、ボーダー内のありとあらゆる人間のスマホに保存されていて、出水の元にも米屋を通して届いていた。それを見た時の出水は、笑いよりも呆れが勝った。せめて対人戦で誤って自爆してしまったのならわかるが、動かない的を外して自らに当てるのは、初めから自爆する設定をしていたことになる。そうした設定をする思考回路が、出水には理解不能だった。
本来ならばあまりの出来なさに励まされたり慰められる立場の名前だが、その強気な性格と態度のデカさによってからかわれることが多い。いじられてもものともしない、むしろ逆切れを起こすくらいのメンタルの強さがあると、誰かが言っていたのを出水は聞いていた。
名前の頭の悪さは米屋といい勝負だが、生身での体力はボーダー内でも高い方である。頭で考えるよりも、身体を先に動かすタイプなので、射手よりも攻撃手向きだ。

「一応聞くけど、攻撃手にはなんねーんだよな?」
「愚問すぎ。いいからちょちょっとコツ教えてよ」
「本当に教わる気あんの? おれも忙しいんだけど」
「出水クン、お願いっ」

きゅるん、と名前がぶりっ子をする。ぶりっ子に絆される出水ではないが、自力で頑張ろうとした期間を思うと、哀れみの感情が芽生えた。出水は「はあ」とため息を吐くと、ソファーから立ち上がり、ゲームをしていた国近に声を掛ける。

「ちょっとだけならレクチャーしてやる」
「もしかしてレクチャーって言葉遣ってる自分、カッコいいって思ってる……?」
「お前本当に教わる気あんの?」
「あるある、すごいある」

すたすたと一人先に訓練室に入って行く名前の背中を見て、出水は再びため息を吐いた。

「(可愛くねー……)」

もう少し下手に出るのなら丁寧に教える気にもなるが、相変わらずの態度に腹立たしさすら覚える。
思い返せば名前はいつもこんな態度だ。何を考えているのかわからない部分が多いが、真顔でひょうきんな言動をとることも多く、あまのじゃくな一面もある。しかしそれでも意外と可愛がられているのは、努力している部分だったり、諦めない粘り強さが垣間見えるからだ。出水もそういった一面を知っているからこそ、こうして教えてやろうという気になっていた。

「んじゃ、時間ないからさくっといこうぜ。まずアステロイド出してみ」
「アステロイド!」

名前の手にトリオンキューブが浮かぶ。出水ほどではないが、そこそこの大きさのキューブだ。これに関しては期待の新人と言われていた。筆記試験が壊滅的でも、ボーダーに受かったのはこのトリオン量のお陰である。

「じゃー適当に割って」

言われた通り、名前がキューブを割った。それを見た出水が吹き出して、「待った!」と静止をかける。

「ちょいちょいちょい、お前もしかして、二宮さんにも憧れてんの?」
「は? 憧れてないんだが。あんなおっかない人」
「嘘つけ! その割り方してんの二宮さんしかいねえだろ!」
「……カッケェじゃん」
「基礎出来ねーのに形から入ろうとすんな!」

六等分の四角錐になったキューブに、出水が「もー」と項垂れた。おれ、おちょくられてんのか、という疑問を抱えながら、仕切り直す。

「まず、名字のノーコン具合見ると、的に当てるイメージが全く出来てねーんだと思うんだけど。打つ時どういうイメージしてる?」
「当たれー、って感じ」
「それイメージじゃなくてただの気合だから。一回おれの設定共有するから、その通りに打ってみて。柚宇さんよろしく」

国近からの支援が入り、出水のアステロイドの威力、射程、弾速の設定が名前の視界に表示される。

「じゃあまず一発。その出しちまったキューブの一つでいいや。手元から離れる時を意識すんじゃなくて、的までの線を意識して、そこに乗せる感じで」
「むむむ、とりゃ!」

言われた通り、狙いを定めて名前がキューブの欠片を放つ。すると、それは的の中心は外れたものの、しっかりと当たって爆ぜたのだった。

「あ、当たった……」
「及第点だな。じゃあ残りも連続でやってみ」

呆然とした表情のままこくりと名前が頷いて、次々と放っていく。それらは次第に的の中心に寄って行き、最後の六発目には完全に中心を捉えていた。

「動かない的にアステロイドは当たって当然だから。次はちょっと的動かすか。今度は普通にトリオン分割して、細かく削って……」

ふと出水が言葉を止めた。その視線は名前を捉えて離さない。出水は、はく、と口を動かして、「名字……?」と声を絞り出した。
名前は、爆ぜた的を見つめながら、はたはたと涙を流していた。そして次第に顔を歪め、しゃくり上げながら涙を拭った。

「ど、どうした。大丈夫か?」

動揺を隠せない出水がおろおろしながらそう訊くと、名前は鼻声で、ゆっくりと心中を吐露し始めた。

「あたし、うっ、本当はずっと悔しくて……。ぐす、どれだけ頑張っても、全然出来なくて。みんなに変なあだ名つけられるのも、ひぐっ、嫌だったけど、気にしてるんだって思われる方が、やだったからぁ……」
「お、おう……」
「強がってないと、心折れちゃいそうでえ……」
「そうだよな、うん」
「でも、ひっ、初めてちゃんと出来て、嬉しい……。ありがと出水」

出水の身体が硬直する。名前は正面から出水の身体に抱きつくと、出水の首元にすり、と額を擦りつけた。首筋に当たる名前の前髪の柔らかさや、体温に心臓が跳ねる。名前はすぐに出水から離れると、ぐしぐしと目を擦ってから微笑んだ。「あ……」と出水が声を漏らすが、名前には届いていなかったのか、先程まで泣いていたのが嘘のように、飛び回っている。

「あー、これで那須さんに弟子にしてもらえるかなっ!」
「いや……。那須さんあんまボーダー来ないし、もうしばらく教えてあげてもいいけど」
「えー、まあ、少しなら教えられてもいいけど。でも出水の癖みたいなのついたらやだから。あと今日はもう行くわ」
「え、何で?」
「はあ? 出水忙しいんでしょ。気を利かせてんの。じゃーね!」

上機嫌に訓練室を出て行く名前の背中を見送り、出水は己の胸に手を当てた。鳴り止まない激しい鼓動に、「嘘だろ……?」と狼狽する。
名前が放ったのはアステロイド六発。それに加えて、無意識に放っていた七発目の弾は、出水の的のど真ん中を確かに貫いていたのだった。


20210712
リクエストありがとうございました!

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