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鋼くんはいつものみんなと、影浦くんのお店で誕生日パーティーをするのだという。当たり前のようにお呼ばれしていない私は、又聞きしたその話を聞いて、単純に「そうだよね」と納得してしまった。
鋼くんと穂刈くんの誕生日だということもあり、二人の周りには代わる代わる人が集まっていた。同じクラスに同じ誕生日の人がいるなんて、そしてそれが同じボーダーの人間だなんて、偶然がいくつも重なっている。その偶然の中に私が組み込まれていないのは、単に私もボーダーの人間であるのに、あの輪の中に入れない意気地なしだからだろう。
先日買ったプレゼントを鞄に忍ばせたまま、渡すどころか、声すら掛けられずに家に帰って来てしまった私は、ラッピングされた箱をベッドの上に置いて眺めていた。この日のために沢山悩んで準備をしたけど、渡せなかった。みんながプレゼントを渡すタイミングに乗じて、なんて思っていたが、誕生日パーティーをするのだから、プレゼントはその時渡すに決まっている。それに、申し訳ないけど穂刈くんのプレゼントを用意していないから、あの二人が一緒にいる時に、鋼くんにだけ渡すなんてことは出来なかった。でも私は、鋼くんにだけ特別に、プレゼントを渡してみたかったのだ。
いつもより早めの夕飯を済ませて、今頃みんなはかげうらで盛り上がっているんだろうな、と想いを馳せる。
お好み焼き屋さんでの誕生日パーティーって、どういうことをするんだろう。影浦くんの計らいで、持ち寄った食材で二人が好きそうなものを作ったり、ホールケーキを持ち込みしたりするのだろうか。だとしたら、ふざけてケーキをヘラで切り分けて、あほだなぁって笑い合うのだろうか。
きっと、私が行きたいと言えば快く迎えてくれただろう。でも、パーティーに他の女の子は来ていないだろうから、そこに私が入るだけで、気を遣わせてしまう。かと言って偶然を装ってお店に行く勇気もないし、好機の目を向けられたくもない。しかし、往生際の悪いことに、どうにかして鋼くんの誕生日当日に、直接おめでとうと言いたい自分がいた。
意を決してスマホを手に取る。普段は滅多にしない電話の発信ボタンをタップし、耳に押しつけた。

「もしもし、今ちゃん? 突然ごめんね、聞きたいことがあって……」

辺りはすっかり暗くなって、街灯の心許ない光がぽつりぽつりと灯っていた。その明かりをぼんやりと見つめながら、私の手は密かに震えていた。
今ちゃんに電話をして、鋼くんが大体何時くらいに帰って来るかを訊いた。今ちゃんは不思議そうな声色で私の話を聞いていたけれど、しどろもどろになる私の様子から全てを察してくれたようで、「少し待ってて」と言って電話を切り、少しして折り返してくれた。今ちゃんはわざわざ鋼くんに帰りの時間を訊いてくれたようで、九時前には鈴鳴支部に到着すると教えてくれたのだった。そして最後に「頑張ってね」と背中を押してくれた。
さすがに鈴鳴支部の目の前で鋼くんを待つことは出来なかったので、少し離れた、しかし鋼くんが必ず通る道のガードレールに腰掛けて、待ち人を探す。まだ鈴鳴支部には帰っていないというので、私が目を離さなければ鋼くんはここを通るはずだ。いつ来るかわからない鋼くんを待つのは、とても心臓に悪く、時間が経つにつれて緊張が増していく。
やることもないので、側道に群生している立葵を眺める。すっと通った茎はとても細い印象なのに、私の背を軽く追い越して真っ直ぐに伸びている。私の背筋もあれくらい伸びていればよかったが、胸を張れるほど、自信なんてなかった。
人が通る度、弾けるように顔を上げるが、待ち人はまだ来ない。この道を通る人は鋼くんだけではないため、あまりじろじろ見るのも悪いと思い、目を逸らす。
何度目かわからないため息を吐いた時、ふいに「名字?」と落ち着いた、優しい声がした。
ぱっと顔を上げると、学校帰りのままの姿の鋼くんがこちらに向かって来ていた。放課後には持っていなかった紙袋を手にして、小走りで私を照らす街灯の下に入ってくる。急に口の中が乾燥してしまって、乾いた唇をきゅっと結んだ。

「こんばんは。こんな時間にどうしたんだ?」
「あ、っと……」

言葉に詰まってしまった。頭の中が真っ白になる。挨拶すら返せない。

「一人か? いくらボーダーでも夜は危ないぞ」
「う、うん」
「どこかに用があるなら一緒に行こうか」

私を安心させるように、ふ、と鋼くんが目を細めて笑う。かすかに香ばしい煙のようなにおいが、鋼くんの学生服から漂った。それだけで、鋼くんがどれだけ楽しく誕生日を過ごしたのかを窺い知れるような気がした。そんな後の時間を、少しだけでももらってしまうことが悪いような気もするが、ここまで来てしまったのだから、言うしかない。

「あのね、学校で言えなかったから。鋼くん、お誕生日おめでとう」

さっと取り出したプレゼントを差し出しながら言うと、鋼くんは驚いたように目を見開いて、それからまたふっと笑った。

「わざわざありがとう。嬉しいよ」

紙袋の持ち手を手首にかけて、丁寧に両手で受け取ってくれた鋼くんは、言葉の通りにとても嬉しそうな表情を浮かべていた。それだけで、勇気を出した甲斐がある。

「今日みんなが学校で騒いでただろ。それで知って、買って来てくれたのか? これから穂刈のところに行くなら俺も行くよ」

鋼くんはもう一度「一人は危ないからな」と念を押すように言った。きゅう、と喉が締まる。

「違うの……」
「名字?」
「鋼くんのお誕生日、ずっと前から知ってて、用意してたの。でも学校で渡せなくて」
「そうだったのか。ありがとう」
「それにね」

鋼くんは、私をじっと見つめている。目を逸らすことは簡単だ。でも、私はあえてそうしなかった。鋼くんの瞳に私が映っていることを、確認したかった。

「鋼くんだけ。プレゼント用意したの、鋼くんにだけだよ……」

一瞬だけ、時が止まったような気がした。実際に止まったのは、私と鋼くんの呼吸だけだった。
輪郭からそっと崩れていきそうなくらい、身体が小刻みに震える。頬は熱いのに、指先が冷たい。鋼くんのことを見ていられなくなり、視線をふいと道路に転がる小石に落とした。

「あ……」

鋼くんが動き始める。鋼くんの片手が動く気配がしたが、その手がどこへ伸びたのかはわからない。おそらく、顔付近に手を持っていったのだろうが、どんな表情をしているのかを見ることが怖くて、確認出来ない。気を抜くと歯がかちかちと鳴ってしまいそうだった。衣擦れの音も聞こえる静かな夜だ。私の鼓動すら、届いてしまいそうなほどに。

「名字、それは。そんなことを言われたら、さすがに自惚れる」

自惚れてほしくてここまで来たの、とは言い返せなかった。代わりに、私の泣きそうな瞳と長い沈黙が、鋼くんの中で肯定に変わっていった。

「ありがとう」
「うん……」
「今日、一度も名字と目が合わなかったから、そんな風に想ってくれていたのは知らなかった」
「うん……」
「来てくれて嬉しかったよ」
「ん……」

これ以上何か言われたら、泣いてしまう。悲しいわけでもない、でも嬉しいわけでもない、正体不明の涙を鋼くんに見せたくなくて、でも下を向くとこぼれ落ちそうで、斜め上を見た。

「そんな顔をされたら、まだ返せない」

鋼くんが一歩、私に近づいた。思わず目を伏せる。鋼くんは、本当に近づいただけで、それ以上は何もしてこなかった。しかし、私が渡したプレゼントを大事そうに両手で持っていてくれていた。おそるおそる顔を上げると、街灯に照らされて、鋼くんの表情は少し影になっていた。だがそれでもわかる、熱を帯びた鋼くんの視線に、じりじりと肌が焼けていくような心地がした。

「遅くまでは引き止めないが、もう少し名字と話したい。そうしたら、家まで送らせてほしい」

は、と気がついた時には遅く、ぽとりと涙がアスファルトに落ちていた。しかし、涙の跡は、鋼くんの大きな影に隠れて、見つけ出すことは出来なかった。暗闇に消えていく涙を必死に抑えようとしたが、止めどなく溢れてくる。

「ごめっ、鋼くん……」

はたはたと目を乾かすように手を振ると、鋼くんは一度動きを止め、そして私の手を控えめに取った。私の冷たい指は、鋼くんの熱い指によって包み込まれる。じんじんしながら震える手を、そっと引かれた。それによって私たちの物理的な距離に変化はなかったが、もっと別の、柔らかい部分の何かの距離は、確実に近づいていた。


20210615
鋼くん、お誕生日おめでとう。

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