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宿題を一緒に片づけようという名目で、辻くんを私の部屋に呼び出すことに成功した。私の日頃の行いが悪いせいか、辻くんは私の部屋に寄りつかない。それをわかっていたので、私は本気で集中して勉強し、真面目アピールを行った。その甲斐があり、すっかり警戒を解いた辻くんに話し掛ける。

「お願いがあるんだけど」
「お願い?」

辻くんがす、と首を傾けると、アシンメトリーの前髪が揺れて、ぱらぱらと目にかかった。反対方向に傾げれば邪魔にならないのにな、と思いながら、うんと頷く。
この男が私の問い掛けに吃らず答えられるようになるまで、実に二年掛かった。初めのうちはすぐに真っ赤になって汗をかき、目線を泳がせていたが、今では見つめれば不思議そうな顔で見つめ返してくる。受け答えもしっかり出来るようになったし、困った時に助けを求めて来るようになった。
根気強く辻くんに対して接し続け、三ヶ月前に辻くんから告白された時は、なんだか無性に泣けてしまった。まさか私が泣くとは思っていなかった辻くんは、断られたのだと勘違いして凄まじくヘコみ、なんならちょっと泣いていた。すぐに否定すると、辻くんは深く安堵して、おそるおそる私の頭を撫でたのだった。それが私と辻くんの初めてのスキンシップだった。
それから私と辻くんはカップルとして日々を過ごしている。宇佐美はそんな私たちに対し、勝手に親心のようなものを抱いているようで、「本当によかったよかった」と出てもいない涙をハンカチで拭いていた。そして「名前を幸せにするんだぞ」と言って詰め寄るので、辻くんは小さくなって私の背に隠れるのだった。

「辻くん、チェキ撮ろ」
「チェ……? ああ、写真のこと?」
「そう。立って」

インスタントカメラを棚から取ると、辻くんは「初めて見た」と珍しそうにそれを眺めた。見た目も可愛く、今時の女の子感が出るだろうとなんとなく買ってしまったが、専用のフィルムが意外と高いのであまり使う気にはならず、ずっと放置していた。しかし買ったのに全く使わないのも勿体無いので、それなら辻くんの写真を撮ろうと思ったのだ。
カメラを向けると、辻くんは素直に簡単なピースサインを作った。意外だが、辻くんはカメラが苦手ではない。満面の笑みやキメキメなポーズなんかは取らないが、カメラを向けられることは嫌ではないらしい。少し固い表情と、力のない指が可愛いなと思いながら、とりあえず一枚撮影する。上部からゆっくりとフィルムが出てきて、現像される部分をあまり触らないようにして手に取った。確かパタパタしてはいけないと誰かが言っていた気がする。まだ何も浮き出ていないチェキを眺めていると、辻くんもどんなもんか、と手元を覗き込んだ。

「あ、出てきた」

どんどん画像が浮かび上がってきて、辻くんのはにかんだ表情が出現してきた。あまりの可愛さに本人と見比べる。すると気まずそうに眉をしかめて、手で顔を遮られてしまった。辻くんは黙っていれば凛としていて涼しげな美人だが、こうした行動をするので最近はカッコいいよりも可愛いが先行してしまう。
現像が終わり、辻くん単体のチェキが完成する。スマホで写真を撮るのとはまた違った楽しさがある。

「すごく可愛い」
「そう……」
「じゃあはい、これ」
「え、なに?」

チェキと一緒にサインペンを渡すと、辻くんは困惑しながらも受け取った。チェキとサインペンといえば、やるべきことは決まっている。

「サイン書いて!」
「サインなんてないけど」
「じゃあ名前書いて」

そう言うと、辻くんは渋々チェキの余白部分に雄々しい字で「辻新之助」と書いた。写真の様子とのギャップがあり過ぎて一人笑っていると、辻くんは私が持っていたインスタントカメラを取ろうとしたので、さっと躱す。

「名前ちゃんは撮らないの?」
「私はいいの。そもそも趣旨が違う」
「趣旨?」
「私はねえ、辻くんは私の前ではこんなに可愛いんですよっていうのをみんなに見せびらかしたいの!」
「え、見せるの?」
「見せるよ。この絶妙に可愛いポーズの辻くんサイン入りチェキ」
「ええ……」

照れながら嫌そうな顔をした辻くんは、私の手からチェキを奪おうとした。そう来るだろうことは既に予測済みだったので、それもひらりと躱す。

「名前ちゃん……」
「もう一枚撮ろ」

首を振られてしまった。こうなったらもう辻くんは嫌がって顔を隠すだろう。仕方がないので、次にやりたかったことを提案するが、果たして辻くんは耐えられるだろうか。

「じゃあ、ツーショット撮ろっ」
「あっ! なっ、あっ、ちょっ!」

辻くんの肩をぐいっと引き寄せ、顔を近づけると、びくりと震えた辻くんは私の手を払い除けて飛び退いた。猫が背後にこっそり置かれたキュウリに気がついた時のリアクションのような一連の動作を、冷ややかな目で見つめる。

「辻くん……」
「まっ、あ、っ準備、ぁ……から」

目を逸らし、胸元を押さえて深く深呼吸する辻くんの顔は真っ赤で、額から汗がたらりと流れていた。
イチャつこうと思うとこれだ。実のところ、辻くんは私を完全に克服したわけではない。普通の距離感での会話や、アイコンタクトが出来るようになっただけで、いわゆる恋人の距離感になると普段の辻くんに戻ってしまうのだ。そのため、告白してくれた日に私の頭を撫でてくれたのは、相当頑張ってくれたのだと後から知った。
辻くんと手を繋いだことも、キスしたこともある。そこへ至る過程がすごく大変だった思い出が勝って、初めてのキスの感触などはあまり覚えていない。ただ、その時の辻くんのあまりも可愛らしく、どこか色っぽい表情は鮮烈に脳裏に焼きついている。

「辻くんとアイドルとのチェキ会みたいな写真撮りたいの。辻くんとこんなこと出来るのは私だけなんだって知らしめたい!」
「だっ、あっ」

辻くんの腕をぐいぐいと引っ張ると、顔を背けながらやや抵抗された。

「ほら、手ハート!」
「う、ぁ……。はい……」

加熱されたエビのように小さく、赤くなった辻くんは、私に気圧されながら恐る恐る片手をハートの形にした。ぐっと近寄るとまた辻くんはびくついたが、構わずに辻くんの手に私の半分のハートをくっつけ、めいっぱい手を伸ばして撮影する。

「ちゃんと撮れたかな?」
「…………」

写真が浮かび上がる間、辻くんは目をぎゅっと閉じ、胸に手を当てていた。現像された写真を見ると、やはり少しだけずれていて、私が見切れている。だが、しおしおになりながらも私とハートを作る辻くんの姿はばっちり写されていたのでよしとする。

「ねえ、いつまでそうしてるの」
「ごめん……」
「やっぱりまだ克服してない?」
「ちがっ、違う」

少しへこんだフリをして言うと、辻くんは慌てて手を振った。

「こ、これは、名前ちゃんが好きだから、ドキドキしてる……、だけ、です」
「死ぬ……」
「しっ!? 死んだら困る」

この言葉を聞きたくて、へこんだフリをしていたと知られたら、おそらく辻くんは次回から「好きだ」と言ってくれなくなるだろう。辻くんは、私のことを積極的で大胆な女の子だと思っているかもしれないが、それは一部誤解だ。私だって辻くんのこういう直球な部分にドキドキしている。
否定のために使われた、胸の前に置き去りにされたままの辻くんの汗ばんだ手に自分の指を絡めると、辻くんは息を飲んで一層身を固くした。きゅっと握れば、辻くんもそろりと握り返してくる。しかし目線は明後日の方向だ。

「辻くん」
「ひゃい」
「キスしてほしいな」
「えっ、い、今?」
「今しかないでしょ」

手をにぎにぎすると、辻くんもほぼ無意識なのだろうが、にぎにぎと返して来た。こういうところがたまらなく可愛い。そっと目を閉じると、辻くんの戸惑いの吐息が漏れる音が聞こえた。そして、頬にちっと何かがかする。

「辻くん〜?」
「したよ……」
「それでいいと思ってるんだ?」

声にならない悲鳴のような唸り声を上げて、勢い良く辻くんの顔が近づいてくる。しかし私の唇から的が外れて、うまく合わさらない。軌道修正してようやく唇が合わさると、すぐに離れてしまった。

「えへへ……」

いっぱいいっぱいな様子で直立している辻くんに抱きつく。辻くんの身体は小刻みに震えていて、心臓が全身に配置されているようだ。汗ばんだシャツすら愛おしい。

「ちゅーしながらチェキ撮る?」
「ぜっ、絶対嫌だ……」
「恥ずかしがり屋だなあ」
「ちっ、違くて!」
「じゃあなに?」
「その、あ……、名前ちゃんのそういうとこ、お、俺以外に見られたくない……」
「っ!」

力強く抱き締められて、唐突に独占欲をぶつけられてしまった。辻くんに負けないくらい脈打つ身体に、自分でもびっくりしてしまって辻くんの顔を見られない。これ以上辻くんに大胆なことをされたら、きっと唯では済まないだろう。頼むから静まれ、心臓、と念じて、辻くんの胸に額を押しつけた。


20210601
リクエストありがとうございました!

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