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 先日、ほとんど話したことのない犬飼くんに呼び出された。告白と勘違いして色めき立つ友人を他所に、私は少し嫌な予感がしていた。
 犬飼くんはクラスどころか、学内でも目立つ存在だ。ボーダー隊員で、整った見た目と、誰とでも話せる明るい性格のため、いつも誰かと一緒にいる印象がある。そんな彼が、私なんかに一体何の用があるというのだろうか。告白されると勘違いするほど自惚れてはいないし、そもそも接点がない。何か面倒なことを押し付けられるのだろうなと予想して犬飼くんについて行くと、彼は図書室の前の廊下で止まり、私にスマホの画面を見せてきた。

「これ、名字ちゃんの作品だよね?」

 そこには、私が半年の月日を掛けて製作した、某ロボットアニメのプラモデルの写真が表示されていた。
 私の趣味がプラモデル製作であるということは、他校の幼なじみにしか伝えていない。これは元々父親の趣味で、小さい頃からプラモデルが手元にあったし、単純作業が好きな性分だった。おまけに道具が全て揃っていたこともあり、私がこれにどっぷりハマるのは必然だったのだ。
 そして、犬飼くんのスマホに表示されたものは、私の贔屓の模型屋のコンテストに提出したものだ。大人も子どもも関係なく参加出来て、提出した作品は一定期間店内のショーケースに飾られる。そのため私はこの模型屋にうちの学校の生徒が出入りしていないか、入念にチェックした。仲良くなった店員にも、この制服を着た生徒が来ないか何度も確認して、ようやく決心して出したのだ。それなのに、どうしてよりによって犬飼くんが私の作品を見つけてしまったのだろう。そもそも何故私の作品だとバレたんだ、と思って、プラモデルの横に私の実名とアピールポイントが書いてあるカードが添えてあるからだ、と納得した。私はこれがあだ名でもいいことを後になって知ったのだ。

「ここ、おれの家の近くなんだよね」

 動揺する私を置いてきぼりにして、犬飼くんは話を続ける。犬飼くんは、プラモデルが趣味の私をオタクと笑うだろうか。それとも陽キャ特有の、今度持って来て見せてよ、なんてとんでもないことを言い出すのだろうかと身構えていると、犬飼くんはにこりと笑った。

「よかったら、今度おれにプラモの作り方教えてくれない?」

 話を聞くと、犬飼くんは飛行機が好きなのだという。これはまた意外な趣味だな、と思いながら「渋いね」なんて相槌を打った。犬飼くんは自室に飛行機の模型を飾っているらしいのだが、前々からプラモデルに手を出してみたいと思っていたらしい。そんな時に私の作品を見つけて、声を掛けてきたというわけだった。
 私は「飛行機のプラモデルは作ったことないよ」と言ったのだが、「基本的なことを教えてほしいんだよね」と笑って、その無邪気さから私はつい、犬飼くんのプラモデルの師匠を名乗り出てしまったのだった。

 先日の一件から、私と犬飼くんは予定を合わせて一緒にプラモデルを作ることになった。選ぶところから一緒に来てほしいと言うので、例の模型屋の前に集合して、犬飼くんの家で作業する予定だ。
 集合場所へ向かうと、そこには既に犬飼くんが待っていた。すぐに私に気が付いて、人懐っこい笑みを浮かべる。

「名字ちゃん、おはよう」
「おはよう」

 初めて見る犬飼くんの私服に、なんだが頭を殴られたような感覚を覚える。犬飼くんは意外にもシャツにジーパンといったシンプルな格好をしていて、それがまた似合っていた。私はというと、オシャレな服を着ても汚れる可能性があるため、パーカーにパンツとシンプルな格好だが、年頃の女にしては地味すぎるかもしれない。男の子と休みの日に二人で遊ぶのなんかほぼ初めてなので、こういったことを考えるのは苦手だ。
 学校でも異性と接する機会のない私が、まさか人気者の犬飼くんの家に一人で行くことになるなんて、誰が予想しただろうか。私の趣味を知る友人にこのことを相談したが、「勝手にアオハルしてろ」と突き放されてしまった。彼女はこの世のリア充を疎ましく思っている。しかし、今日は全くそんな甘酸っぱい集まりではないし、作業中は手元に集中するので、ほぼ会話らしいものはないだろうと踏んでいる。むしろその沈黙に私が耐えられるかが一番の問題だ。

「おれなりに調べたんだけど、最初は接着剤がいらないやつがいいかな」
「うん、それでいいと思うよ。ちなみに、塗装とかって考えてる?」
「今回はどんなものか知りたいだけだから、とりあえず説明書通りに組み立てる予定。ちなみに組み立てた後に塗装って出来るの?」
「デカールとか貼らなければ大丈夫だよ。でもデカール貼らないと飛行機の形をしたモノって感じかも……。あと一回嵌めた後に外すのが意外と大変だから、嵌める前に加工したりするといいかも」
「えっと、デカール?」
「あ、プラモデルのキットに入ってるシールのことです」
「シールね、了解」

 自分の得意分野なだけに饒舌に話してしまって、途端に恥ずかしくなる。そんな私に気付いてか、犬飼くんは「頼もしい」と私に笑い掛ける。みんな、犬飼くんのこういうところが好きなのだろう。
 模型屋に入り、飛行機のプラモデル売り場を物色する。ロボットアニメのコーナーよりは小さいが、それなりに様々な種類が売られていた。

「おれに技術があればこっちだけど、初心者向けはこういうのだよね」

 犬飼くんは二つの箱を手に取り、私に見せた。一つは精巧な作りだが、明らかにパーツが多くて難しそうなもので、もう一つは塗装済み、接着剤不要と書かれたものだ。

「うん、本当に初めてならこっちがいいと思う」
「じゃあ今回はこれにしよう。今日中に完成させたいし」
「私にわかることなら何でも聞いてね。そうだ、ちなみに道具とかってある? 一応持って来たけど」

 私のトートバッグの中には、私の愛用している道具と、犬飼くんが作っている最中の暇つぶしにと持ってきた、作り途中のプラモデルのパーツが入っている。

「道具は事前にある程度揃えておいたから大丈夫だと思うけど、足りないものがあったら借りていい?」
「もちろん」

 随分と用意周到だ。その行動力があるなら、一人で簡単なプラモデルくらい作れただろう。
 犬飼くんがプラモデルを買いに行っている間、ショーケースに飾られた自分の作品を見る。近界民に攻められた街の中でロボットが戦っているという設定で作った小さなジオラマ付きの作品。ビーム・ライフルとシールドを持たせて、巨大近界民の模型を色々なものを流用して作り上げた。四年前のあの日は雨が降っていたから、機体には雨垂れ表現を施して、土台にはレジンで波打つ水溜りを作ったりと、とにかく雨の表現に難航した。技術と発想力の問題で、今まさに雨が降っている感はイマイチになってしまったが、過去の私の作品の中でも一番の力作だと自負している。

「それ、初めて見た時感動したんだよね」

 いつのまにか会計を終えていた犬飼くんが、隣に並んで私の作品を見た。

「ありがとう」
「おれボーダーだし、銃で戦ってるからさ」
「そうなんだ。いつも市民のためにありがとう」
「どう致しまして」

 犬飼くんは目を細め、「行こうか」と店を出た。ボーダーの人に作品を褒めてもらえるとは思っていなかったので、この喜びをうまく言葉に表現出来ず、素っ気ない返事をしてしまったことを後悔する。
 犬飼くんの家は本当にすぐ近くで、お邪魔すると彼のお母さんが挨拶をしてくれた。手土産のお菓子を渡すと、犬飼くんは「気を遣わなくてよかったのに」と言いつつお礼を言ってくれた。犬飼くんの部屋に通されて、飲み物を持ってくるから適当にしててと、一人残される。
 男の子の部屋に入るなんていつぶりだろう。小学生の頃だって記憶に怪しい。犬飼くんの部屋は適度に片付いていて、壁の棚に飛行機の模型がいくつか飾られていた。少年っぽくて、学校での印象とは随分かけ離れている。ふとローテーブルを見ると、そこには犬飼くんが事前に購入したという工具が置かれていた。ギョッとして二度見する。赤い持ち手のプラスチック用ニッパー。有名なブランドのもので、これ一本で確か五千円くらいする。初心者でいきなりこのニッパーに手を出すとは、犬飼くんは中々リッチだ。他にもデザインナイフ、ピンセット、やすりなど基本的な道具が並べられていて、下調べをしたのだということが窺い知れた。

「お待たせ。お茶自由に飲んでね」
「ありがとう」

 コップと二リットルのペットボトルのお茶、お菓子を持って部屋に戻って来た犬飼くんは、床に座ると早速プラモデルの箱を開けた。ビニールに入ったランナーを取り出して、机に並べる。説明書を広げた犬飼くんは、ランナーと交互に見比べて、最初の手順に必要なものを探し出した。

「さて、じゃあ早速」
「あ、待って」

 ニッパーを手に取る犬飼くんに待ったをかける。机の反対側にいたのでは説明がし難いので、おそるおそる隣に並んだ。

「パーツはその時に必要なものだけ切るのがいいよ。全部外しちゃうとバラバラになっちゃうから」
「はは、確かに。了解」
「あと、切るときはギリギリのところで切らないで、少し離れたところを切って、ランナーから外してから残った部分を切るのがコツだよ」
「じゃあ一回やって見せてよ」

 犬飼くんは握っていたニッパーとランナーをはい、と渡して来た。

「いいけど、初めてなのに、他人に切られちゃうの嫌じゃない?」
「名字ちゃんってそういうの気にするタイプなんだ。おれはそういうの気にしないタイプだから」
「そっか……」

 独占欲が強いと思われただろうか。恥ずかしいな、と思いながら、ランナーの下からニッパーを入れていく。

「こうして下から切るとやりやすいよ」

 パーツを二度切りして、はいと渡すと、犬飼くんは感嘆の声を漏らした。犬飼くんって左利きなんだな、と思いながら、言われた通りにパーツを切り離していく彼を見る。今のところ何も問題なさそうなので、机の向かいに移動する。

「私、必要だったかな?」
「うん。今もおれが言う前に切り方教えてくれたから助かる」
「そうならいいんだけど」
「またわからないことがあったら訊くから、名字ちゃんも作業しててよ。持ってくるって言ってたよね」
「うん、ヤスリがけだからゴミ出ちゃうんだけど……」
「全然いいよ」

 トートバッグの中から箱を取り出し、デザインナイフと方眼紙、ヤスリ、プラモパーツを取り出すと、犬飼くんは興味深そうにそれを見ていたので、手近にあったパーツを渡す。しげしげと眺めて、乾いた接着剤のはみ出した部分をそっとなぞった。

「これは接着剤でくっつけたの?」
「そうだよ。私はこれからはみ出た接着剤をひたすら削ります」
「うわ、地道〜」
「でも私、ヤスリがけ好きだから」
「ふぅん、いいね」

 何がいいのかわからないが、犬飼くんは自分の作業に戻った。私も気合を入れてヤスリがけを始める。
 作業中、犬飼くんはぽつぽつと喋ったり、黙り込んだりしていた。私はてっきり気を遣われて喋らせてしまうかなと思っていたので少し驚いた。ほとんど話したことのないクラスメイトの部屋で二人きりだというのに、不思議と緊張していないし、むしろ居心地が好い。これは一体何故だろう。
 三時間くらい経ち、私の助言を受けながら、犬飼くんは素組みの飛行機を完成させた。デカール貼りに手間取っていたが、大きく曲がったりもせず、かなり上出来だ。

「はは、達成感すごい」
「そうだよね。お疲れさま!」

 飛行機を持ち上げて、色んな方向から眺める。このままでも十分だが、プラモデルはもう一工程加えることで、出来上がりが全く違うものになる。

「スミ入れしようよ」
「え?」
「スミ入れ、このペンで合わせ目のところをちょんってすると、すーってインクが広がって楽しいよ。私、スミ入れ作業すごく好きなんだ」

 はい、とペンを渡そうとしたら、犬飼くんがきょとんとした顔をしていた。また喋り過ぎてしまっただろうか。ごめん、と謝ると、犬飼くんは慌てて「いや、勘違いしただけ」と弁明した。

「おれ、下の名前澄晴っていうから、急に名前呼ばれたのかと思ってびっくりした」
「えっ」
「呼んでよ」

 犬飼くんは少し甘えたような表情で、名前を呼ぶようにねだった。いきなりそんな高度なことを言われても困る。

「あ、からかってる?」
「そんなつもりないよ」

 犬飼くんは私の手からペンを取ると、「どうやるの?」と首を傾げた。私は少し動揺しながら、やり方を説明する。浅い溝にペン先をつけると、毛細管現象ですっとインクが広がっていく。私はそれを、何だかよくわからないまま見つめていた。

「名字ちゃんのあの作品って、四年前のあれ?」

 はみ出したインクを消しゴムで消しながら、犬飼くんが問う。私は「そう」と呟いて、犬飼くんの手元ばかりを見ている。

「その時おれはボーダーにいなかったけど。おれ、ちょっと前までボーダーの上の方にいたんだよね。そうなると結構面倒なこともやらされたりするわけ」
「そうなんだ……」

 街を守るボーダー隊員とはいえ、まだ私と同じ高校生だ。面倒なことがどんなことなのか想像もつかないが、犬飼くんがそう言うのだから、色々とあるのだろう。

「その面倒で、この仕事嫌な役割だなって思ってた日も雨降ってたこと思い出したよ。でも名字ちゃんの作品見たら、そういうのも別にいいかって」
「えっと……」

 犬飼くんが何を言おうとしているのか理解出来ず、言葉に詰まる。すると犬飼くんは「引いてる?」と目を細めた。首を振ると、「ならよかった」といつも教室で見せているような表情で言った。それが何故だか無理をしているように見えた。

「名字ちゃんって思ってたより喋るよね。沈黙も苦痛じゃないタイプ?」
「や、どうだろ。普段女友達としか話さないからよくわからない」

 そもそも、私には男友達と呼べるような相手がほとんどいない。

「今日はどうだった? おれと二人で作業してみて」
「楽しかったよ」

 男の子相手に、沈黙が居た堪れないと思わなかったのは今日が初めてだった。本当だよ、と伝えると、犬飼くんはほっとしたように、「そっか」と呟いた。

「名字ちゃんさ、今返事しなくてもいいから、おれと付き合わない?」

 その言葉がうまく脳内で言語にならず、私は「え?」と訊き返してしまった。犬飼くんは特に照れた様子も見せずに、もう一度「名字ちゃんと付き合いたいな」と言った。

「えっ、なん、私と?」
「名字ちゃんと。考えてみて」

 少し遅れて、私の身体中の脈が異常なほどに暴れ始めた。生まれて初めて告白された。しかも、犬飼くんに。私は別に犬飼くんに対して恋愛感情を持っていたわけではないのに、この舞い上がるような気持ちは何なのだろう。

「やっ、でも、私、誰とも付き合ったことないし」
「そうなの? それはよかった」
「それに、私お付き合いとか、何したらいいか……」
「ああ、それに関しては教えてあげられそう」

 犬飼くんは私の手をやんわりと取ると、「だから代わりに、次は塗装教えてよ」と等価交換にもならない条件を出してきた。口籠る私の手をあっさりと離した犬飼くんは、何事もなかったかのようにスミ入れを再開させたのだった。
 犬飼くんは、私が断らない自信があるのだろうか。そうじゃないと、こんな何でもない顔で告白なんか出来ない。それとも、慣れているのか、からかっているのか。間に受けたら、私はバカだろうか。そう思いながら、無意識に目線がペン先に行って、私の心臓はまた跳ねた。犬飼くんが持つペン先は小刻みに震えて、的を定められないでいた。思わず犬飼くんの顔を見る。これまでずっと余裕そうな顔をしていたのに、私の視線に気がつくと、顔を赤らめて居た堪れなさそうに目線を逸らした。

「あんまり見ないでくれる?」
「犬飼くん……」
「おれだって緊張するから」
「そんなに私の作品、好きになってくれた?」

 こんな時に何を言っているのかわからないが、気がつくと私はそう訊いていた。犬飼くんはペンとプラモデルを置く。

「好きだよ。名字ちゃんのことが気になったのは作品見てからだけど、一緒にいたらもっと名字ちゃんのこと知りたくなった」
「……私も、もっと犬飼くんのこと、知りたい」

 私の作品に何かを感じてくれて、声を掛けてくれた人は犬飼くんが初めてだった。犬飼くんが私を知りたいと言ってくれたように、私も教室では知り得ない犬飼くんのことをもっと知りたい。
 次はもっと、時間がかかるものを作りたい。そう言うと、犬飼くんはふっと吹き出して、それに応じたのだった。


20210528
リクエストありがとうございました!

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