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髪、突然切り落としたら、泣いちゃうかな。
国近の癖のある柔らかな髪をコームで梳きながら、名前は何気なくそう思う。ハサミなど持っていないので、本当にただそう思っただけの名前は、足をぱたぱたとさせながら携帯ゲーム機に夢中になっている国近の、ところどころ跳ねている髪を撫で付けて、サイドを三つ編みにしていく。
放課後の教室にはまだ生徒が残っている。談笑、掃除、時間潰しと様々で、まだ目まぐるしく、温かな空気が教室内を満たしている。国近と名前もその中の景色の一つに過ぎない。
任務まで少し時間があると言った国近に、だったらヘアアレンジしてあげる、と言った名前は、カバンの中から数種類のヘアピンやスプレー、リボンを取り出して並べた。それを見た国近は、「名前ちゃんってほんと〜に女の子だねえ」と朗らかに笑ったのだった。名前はゆったりと微笑んで、椅子に座った国近の背後に立ち、ピンク色の髪に触れた。

「ピン刺すけど、痛かったら言ってね」
「りょうかい〜」

左サイドの三つ編みを反対側に持っていき、留めていく。右も同じようにする。国近は何も反応を示さないまま、手元のゲームに夢中になっていて、名前はそれを一瞥すると、指に髪を絡める。

「柚宇ちゃんさー、かわいいんだからゲームばっかりじゃなくて、もっとオシャレしたらいいのに」
「今は名前ちゃんが勝手にやってくれるからいいのだよ〜」

国近のゲーム機のボタンを押す指は、薄らと桜貝のように色づいている。気を付けて見ないとわからない程度のそれは、名前とお揃いで、彼女が塗ったのだった。丁寧に塗ったはずだが、いつの間にか先端が少し剥げていて、また塗り直さないとな、と名前は思う。
出掛け先でアクセサリーを選ぶ時も、国近は「名前ちゃんが選んだやつにする〜」と言って、身に付けるものの殆どを名前に任せていた。名前は国近に一番似合うものを選べるのは自分だと自負している節があり、また彼女も国近が名前に似合うと言った物全て受け入れていた。
ギブソンタック風のシニヨンが出来上がる頃には、教室にいた生徒も少なくなり、ついには国近と名前だけになった。毛先を内側に入れ込んで、ピンで固定していく。

「そろそろできそうかね?」
「もうできるー」

一つ、一つとピンを刺し、最後にリボンをつけてやる。できたよ、と声をかけると、国近は「おお!」と言って、ふんわりと己の髪に触れた。

「いい感じ」
「見てないじゃん」
「これがわかるんだなぁ。名前ちゃんがやってくれたんなら、何も問題な〜し」

くるりと振り返った国近は、ゲーム機を置いて椅子に膝をつくと、お礼だと言って名前の頬に口付けた。ありがたく頂戴しますよ、と言って、名前は机の上に散らかったピンのケースやコームを片付けていく。

「わたしこういうのできないからぁ、名前ちゃんにやってもらえてうれしい。まあ、ボーダーに行ったらちょーっと特別な身体になっちゃうから、みんなにお披露目はできないけどね」
「ふうん」

興味なさげに相槌を打った名前は、スマートフォンを国近にかざし、写真を撮った。今度は国近がにっこりとポーズを取って、二枚目を撮影する。

「かわいく撮れた?」
「柚宇ちゃんはいつでもかわいいよ」

二枚の写真を見せると、国近は「いいね〜」と笑って、名前の腕に絡みつく。

「柚宇ちゃん。いつか柚宇ちゃんと私が離れた時に、もう髪の毛いじってもらえないんだーって思いながら、悲しくなってね」
「なるなる〜」
「ほんとかな」
「ほんとだよ。名前ちゃんも、わたしに似合うアクセ見つけるたびに悲しくなってね〜。あとはあ、最新ゲーム機出たときも」
「うん、なるよ」

額を寄せ合ってくすくすと笑い合う二人の影は、透けたカーテンの影に重なって、少しだけ混じり合っている。

「わたしたちって、やっぱりちょっと冷めてるのかな〜。名前ちゃん、どう思う?」
「諦めてなきゃ正気でいらんないじゃん」
「たしかに〜」
「もう時間?」
「うん、時間になっちゃった」

それぞれ自分のカバンを肩にかけて、教室を後にする。昇降口へと続く階段を下りるたび、国近につけたリボンがひらひらと揺れて、名前は満足げに微笑する。
おそらく今夜国近は、髪に付いたヘアピンを全て取りきれなかったことに、頭を洗う時、初めて気づくだろう。風呂場に置き忘れたヘアピンはすぐに錆びて、もう二度と使えなくなる。そんな光景が目に浮かんで、名前はカバンを持つ手に力が籠るのを感じながら、とんと踊り場に降り立った。


20210423

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