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「お疲れ様です」

半崎が作戦室に入ると、中で筋トレをしていた屈強な男二人がおもむろに手を止め、半崎を取り囲むように仁王立ちをした。無言のまま取り囲まれた半崎は、「なんすか」と狼狽して荒船と穂刈を見上げた。威圧感に気圧され、数歩下がる。

「半崎、ちょっと訊きたいことがあるんだが」
「はい?」
「一応、隊長として確認しておく。お前名字と付き合ってるのか?」
「名前ちゃん? 付き合ってないっすよ」
「ほう」

不思議そうな顔で『ないない』と手を振る半崎に、荒船はなんとも言えない表情で眉間を押さえた。それを見た穂刈は代わりに口を開く。

「ちゃん付けで呼ぶか? 仮にも先輩を」

名前は荒船と穂刈と同級生で、半崎の先輩に当たる。同じスナイパーで演習や任務で同じになったりと、荒船隊と親交がある名前だが、前々からボーダー内で半崎との関係が噂されていた。
その要因の一つが、半崎が名前を「名前ちゃん」と呼んでいることだった。ボーダー隊員は基本的に年上を「先輩」か「さん」をつけて上下関係をはっきりさせている。しかし半崎はいつからか名前のことをそう呼び始め、対して名前は半崎のことを「ヨッシー」と呼んでいた。

「ああ、それは名前ちゃんが自分から言ってきたんですよ。圧強めに。それに太一だって呼んでるじゃないすか」
「呼ん……でるな、そういや」
「呼んでたな。太一が名字に味噌汁ぶっかけた時に」

先日の食堂での出来事が蘇る。あの時はハプニングに気を取られていたが、思い返してみると、味噌汁をかぶった名前に「名前ちゃんごめんなさい!」と勢い良く誤っている太一の姿が確かにあった。
半崎は「本当なんなんすか」と背負っていたリュックを下ろして椅子に腰掛けた。それを見た荒船が、思い出したようにスマートフォンをポケットから取り出し、操作する。

「これはとある筋から入手した画像だが」

ずいっと突き出された画面には、半崎と名前がラウンジのソファーに座っている画像が表示されていた。しかしその座り方は普通ではなく、名前の足の間に半崎が座り、二人で同じスマートフォンの画面を見ているという、どこから見ても異常な距離感のものだった。半崎は顔をしかめると、「盗撮したの誰だよ」と吐き捨てるように言った。

「仮にもボーダーだぞ。なんだこの距離感は」
「いちゃついてるな、確実に」
「違いますって。これは名前ちゃんがゲームで上手くいかないところがあるって言って見てたんす。そこ座れって言われたから従っただけなんで」
「だからって座るか?」
「あの人オレのこと舐めてるんですよ。ダルいっすわ」

心底どうでもよさそうな半崎を見て、荒船と穂刈は顔を見合わせる。
正直に言うと、名前との仲をからかってやろうとして持ち掛けた話題だったのだが、半崎は全くと言っていいほど慌てふためく様子を見せないので肩透かしを喰らっていた。この距離感ならば確実に付き合っていると踏んでいたが、どうやら誤解だったらしい。

「悪いな、勘違いして」
「恋愛対象じゃねえんだな。姉と弟みたいなもんか?」
「いや、そういう意味なら普通に名前ちゃんアリっすよ」
「そうなの?」
「あ」

あ、と言ったのは荒船と穂刈で、その目線の先は作戦室の入り口に向けられている。半崎が振り返ると、そこにはキョトンとした顔の名前が立っていた。まずい、と荒船と穂刈が思ったのも束の間、名前は我がもの顔で作戦室に入って来ると、半崎の隣に並び、覗き込んだ。

「ヨッシー私のことアリなんだ。ゲームで進まないとこあったから来てみたら、良いこと聞いちゃった」
「まあ普通にアリですけど」

意外にも平常心の半崎に、荒船と穂刈はほっとする。余計なことを言わないように半崎と名前の様子を窺っていると、名前は半崎の肩に寄り掛かり、にこりと笑った。

「私もヨッシーアリだよ〜。付き合おっか」
「いっすよ」
「やった〜。んで、ゲームなんだけど……」
「おい、ちょっと待てお前ら」
「突っ込ませろ、色々と」

さらりと流れた会話を荒船と穂刈が止める。名前は口をへの字に曲げて首を傾げた。半崎はというと、相変わらず眠たそうな瞳で、ダルそうに立っていた。

「お前たちはそれでいいのか? 今マジで付き合ったのか?」
「えー、付き合ったよね」
「そうなんじゃないっすか」
「……誕生したな、カップルが」

穂刈がそう言うと、名前は「爆誕だぜ」と笑って半崎の腕を取った。半崎は無表情でされるがままになっている。

「お前らのことが全く理解できねえ」
「荒船は頭堅いんだよ〜。もっとラフに生きようよ」
「言ってやったらどうだ。愛の言葉くらい」
「穂刈さん、そういうノリマジでダルいっすよ」
「じゃあ私が言う!」

穂刈の悪ノリに対し乗り気な名前は、一度半崎から離れると顎に手を当てて何かを考える素振りをした。そして閃いたようで、弾けるようににっこりと笑った。

「好きだよ、私の愛しいマロンちゃん。なんつて」

パチリとウインクをして、半崎に向けて投げキッスをする名前に荒船と穂刈が一斉に噴き出した。釣られて名前も笑い出す。

「マロンちゃん……!」
「外人って恋人に食べ物のあだ名つけるじゃん。ヨッシーって帽子取ると頭ツンツンしてて可愛いから」
「よかったな、マロンちゃん」
「…………」
「半崎?」

はた、と三人の視線が半崎に集まる。半崎はというと、後頭部にあったツバをぐるりと回し、帽子を目深に被って「ダル……」とボヤいた。様子がおかしい半崎の帽子を穂刈がぱっと取り上げる。そこには顔を赤らめてばつが悪そうに歯を食いしばった半崎の表情があった。

「半崎、今の照れるとこあったか?」
「アホすぎて呆れてんす……」
「荒船、ポカリ。私のマロンちゃん、照れてます」
「マジで違いますから。その呼び方やめてください」
「ちゃんと好きなんだな。名字のことが」
「っ! オレ今日はもう帰ります。お疲れした」

真っ赤な顔をしたまま帽子を取り返した半崎は、リュックを引っ掴むと作戦室を後にした。取り残された三人は互いに顔を見回す。

「ヨッシー、私が好きって言ったから照れたのか、投げキッスされたから照れたのか、私が可愛すぎたのか、どれだと思う?」
「知るか。本人に訊け」
「これから頼むぞ。うちの可愛い後輩を」
「こちらこそ、うちのキュートな彼氏をよろしく、独り身共」
「あ?」
「うしし。あ、ヨッシーにゲームのこと訊き忘れた! 追いかけるから、じゃあね〜」

悪戯っぽい笑みを見せて、ひらりと手を振った名前が半崎の後を追いかけるために駆けて行った。荒船はやれやれ、と額に手を添えて溜息を吐く。

「楽しくなりそうだな、これから」
「ならねえよ。思い遣られるぜ」

掴み所のないカップルをこれからどう取り扱うべきか、隊長の手腕が試される。


20210404

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