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ヒュースは少し具合が悪いと言って、朝ご飯を食べずに部屋で寝ている。具合が悪いならば、尚更何か食べた方がいいと言ったが、食欲もないという。昨日私と陽太郎とヒュースの三人でお出掛けした時には、お土産に買ったお菓子まで平らげてしまったというのに。
玉狛の隊員たちはそれぞれ学校へ行ってしまって、今日は大学が休みの私と林道支部長、陽太郎がいたのだが、二人は本部に行くと言って留守番を任された。すなわち、今は私とヒュースしかいない。
そろそろお昼ご飯の時間だ。さすがに何か食べさせないとと思い、コップにお水を注いでヒュースの部屋のドアを叩いた。

「起きてる? 入るよ」

返事はないが、そっと扉を開けると、ベッドにうつ伏せで寝ているヒュースの姿があった。彼は頭のツノの影響で、この体勢でしか横になれない。常時ツノのないトリオン体になっていればいいと告げたが、物心ついた頃からこうしているので、特に苦労はしていないのだと言われた。時々前髪に寝癖がついているのが、普段クールな彼とギャップがあって可愛らしい。

「具合どう? お水持ってきたよ」
「置いておいてくれ」

起きていたようだ。そう言って少し身動いだものの、ヒュースは顔を上げずに布団に包まっている。

「何か食べられそう?」
「何も欲しくない」
「私の顔、見たくなくなっちゃった?」
「…………いや」

長い沈黙の後、小さな声で否定された。ヒュースの具合が悪くなってしまったのは、おそらく私のせいなのだ。

「なら、見て」

ベッドサイドに座り、すべすべしたヒュースのツノを撫でると、昨夜のことを思い出してしまったのか、ぴくりと反応した。私の手をやんわりと牽制して、ヒュースがおもむろに顔を上げる。ヒュースは相変わらずの無表情で、私の顔をじっと見つめた。

「本当はお腹空いてるでしょ。何か作るから一緒に食べよう」

ベッドを立とうとすると、私の手をヒュースが掴んだ。あまりにも力強いので、驚いてヒュースを見た。ヒュースはまた枕にうつ伏せになってしまっている。

「ヒュース?」
「ここにいろ」

手は解かれない。床に座り、頭をベッドにもたれてヒュースの次の言葉を待つ。するとヒュースは私の手を離し、私の頭や頬、顎の輪郭を確かめるように撫でた。私は何も言わず、されるがままになって黙っていた。ヒュースの手は顎から首筋に移動し、少し押し付けられる。そして何事もなかったかのように、ヒュースの手は布団の中に戻っていった。

「ヒュース」
「名前、お前が……」

くぐもった声で私の名を呼んだヒュースは、抑揚のない言葉を紡いでいく。

「お前さえいなければ、俺は主人に決めていただいた相手と婚姻し、子を成し、一生を穏やかに過ごすことが出来たのに」

はっと息を飲んだ。これ以上ない言葉に胸が締め付けられる。私は泣きそうになる顔を隠すため、ベッドに額をつけた。そうすることで、ヒュースが何故顔を上げてくれないのかを理解した。

「……私たち、お互いにきっと一番良い記憶になれるよ」

私の声は震えていなかっただろうか。ヒュースは何も言ってくれないので、わからない。シーツに涙がじわりと滲む。嗚咽を漏らすまいと、口を開けて深く呼吸をした。そっと目を閉じると、涙の膜は居場所をなくして溢れていった。
私は生涯、ヒュースが言ってくれた言葉を忘れないだろう。まだ顔も知らない誰かと幸せになったとしても、子どもが出来ても、永遠に私の中に残り続けて消えない。今日のこの時間は、一生をかけた、墓場までの秘密になる。


20210322

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