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「#幼馴染」のBL小説を読む
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フーゴと名前が再会したのは病院の待合室だった。
フーゴがまだ実家で暮らしていた頃、名前は屋敷のメイドとして働いていた。怠慢という言葉を知らずいつでも働いていて、知能が高いフーゴとも同等の会話が出来る博識な女だった。そんな名前が誰に対しても謙遜した態度を取ることはフーゴにとってあまり面白くないことだった。フーゴにとって名前は尊敬に値する人物だったからだ。そんな人間が馬鹿な人間の相手をしているのを見たくなかったし、自分だけに構ってほしいとも思った。フーゴは屋敷で働く名前の姿をよく覚えている。食器を運ぶ手付きや、洗濯をする横顔、翻るスカートから覗くブーツの色まで鮮明に。フーゴの青春は名前だった。些細なことで呼び出しては中身のない会話をする。料理人でない名前に夜食を作らせたりもしていた。だがフーゴが家を出ることとなった時、名前に共に来てほしいとは思わなかった。連れて行かなければ二度と会えないとわかっていたが、名前の生活を考えると出来なかったのだ。それからギャングになり数年が経った。新しい環境に対応していく度にフーゴの中で名前の影が薄くなっていった。そして透けて見えなくなった頃、偶然出会ってしまった。フーゴはナランチャの付き添いで病院に来ていたため健康だったのだが、名前は目を患っていた。

「名前?」

確信を持って名前を呼んだ。待合室のベンチに座っていた名前はその声に驚いて思わず腰を浮かせる。フーゴは二度と会えないと思っていた名前に出会えたことが嬉しく、ナランチャがいることも忘れて彼女に駆け寄った。

「やっぱり名前ですよね?」

フーゴはメイドである名前に対して敬語を遣っていた。これは尊敬を形に現したものだったのだが、名前は恐縮だと言っていつも申し訳なさそうな顔をしていた。

「フーゴ様?」
「はい。まさかこんなところで会えるだなんて思っていませんでしたよ」

嬉しさを隠せないフーゴとは対照的に、名前は困惑を隠せないでいた。家を出た原因を知っているなら当たり前の反応だが、当時名前は軽蔑など全くしておらず、今後のフーゴを案じていたほどである。その後わかったことなのだが、名前は病気のため屋敷をクビになったのだという。それから一度結婚したのだが、夫は酒癖が悪く乱暴を働いたので一年も経たずに離婚したらしい。フーゴはその話を聞いて少なからずショックを受けた。そして名前を傷付けたその男を見付け出して半殺しにしてしまった。



呼び出された場所に向かえば、名前は凛と背筋を伸ばしてフーゴを待っていた。フーゴは自分がしてしまった行為を咎められるのだと思い、鉛のように重い足を引きずるようにして歩く。名前は目が悪い。距離が数メートルほどになっても気が付かないようだった。認識されないことがこんなにも寂しいと思っていなかった。フーゴは今でも名前のことを好いていると気付いてしまった。その相手から嫌われてしまったらどうしようかと不安になる。このまま声をかけなければ真実を知らずにいられる。しかし、繋がるはずのなかった名前との縁を再び断ち切ってしまうことは避けたかった。

「名前」

おそるおそる声をかけると、名前がすぐにフーゴの方に振り返った。

「フーゴ様、待っていましたよ。聞きました、フーゴ様がしたことを。何故あのような馬鹿な真似をしたのですか」
「それは……」
「ご自分の憂さ晴らしならばそれで構いませんが、貴方のことですから私があの男に暴力をされていたから仕返しをしたのでしょう。違いますか?」

名前は表情を変えずに坦々と話す。問い詰めるような口調ではないが説教には違いない。久しぶりにされた説教にフーゴは不謹慎だと思いつつ一種の照れ臭さを感じた。

「私は仕返しを望んではいません。二度と関わらないと決めていたのです。少なからず、過度な償いなど無用です」
「名前……どうしてですか?」
「何がですか?」
「どうしてあの男を庇うような言い方を……」
「庇っているように聞こえたのならば、それはまだフーゴ様が成長していない証拠です」

名前の言葉に首を捻る。知能指数が高いフーゴにも、これは理解出来なかった。何も言えずにいると、解説するように名前が続ける。

「フーゴ様はご存知でしょうが、世の中は理不尽が罷り通っているのです。そんな世の中で貴方がわざわざ咎められる立場の人間にならなくていいのですよ」
「ちょっと意味がわかりません」
「……フーゴ様は優しい。ですが、優しさも振り翳せば凶器です。私のために、凶器を持たなくていいんです」

名前の瞳には涙の膜が張っている。まばたきをすれば零れてしまいそうだ。フーゴはぎょっとしてハンカチを探したが、ギャングになってからそのようなものを所持していないのだと思い出す。フーゴは何も言わずに名前をそっと抱き締めた。

「私はもうすぐ目が見えなくなるそうですが、フーゴ様の優しさはまだ見えるようですね」
「名前、余計なことをしてすみませんでした。ただ、なにもせずにはいられなかったんです」
「そんなことを仰るから、貴方はまだ子供なのですよ」

普段のフーゴなら頭にきている台詞も、名前から聞けば教訓のようだった。名前はフーゴの腕の中から抜け出すと、穏やかに微笑する。その笑顔を見てフーゴの胸は締め付けられた。それはもう二度と感じることはないと思っていた苦しさだった。固くなっていた心が解されていくような感覚に陥り、フーゴは名前への恋心が息をし始めたのだと再確認した。

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