「……福富くんがアイスクリームを食べているところを見たことがありますか?」
「ハァ?」
「福富くんがアイスクリームを食べているところです」
「二回言ってんじゃねぇよ!わかってんよ!」
荒北が大声を出した。いつもの名前なら驚いて首をすくめるシーンだが、今日の名前は微動だにせず、ぼんやりとどこか一点を見つめている。荒北は何だこいつは、と思いながら名前を見下ろした。
「で、それが何だよ」
「この前デートに行ったんです。それで、アイスクリームを食べたんです」
「よかったな」
「はい…!」
名前の表情がきらめき出す。名前にとって福富がアイスクリームを食べるという行為が非常に重要だということを示していた。
実のところ荒北は名前のことが苦手だ。独特な話し方をするのでペースを持っていかれてしまう。そういう点において、名前と福富はよく似ている。だからこうして二人で顧問に連絡をしに行った福富を待っているのだ。
「その時の福富くん、いつもより表情が柔らかくて可愛かったんです」
「(福ちゃん早く帰ってこいよぉ)」
「もちろん福富くんはいつでも格好いいんですけど、その時ばかりは」
「あ!福チャアン!!」
「福富くん!」
福富を見つけて荒北が叫ぶ。会話を遮られたにも関わらず、名前も嬉しそうに福富を呼んだ。
「すまない、待たせた」
「全然、全然大丈夫です」
「そうか」
福富の隣に並んだ名前はにこにこと嬉しそうにしている。恋人というよりは小動物に近い。
「荒北くんと福富くんのお話をしていました」
「そうか」
「はい」
荒北にはこのやり取りが、しっかりとキャッチボールできているのか疑問である。会話の中身がなさすぎるだろ、とツッコミたい衝動に駆られたが、エネルギーを無駄にするだけだと知っているので黙っている。
「荒北、名字を見ていてもらって悪かったな」
「別に見てねぇ!つかのろけてんじゃねぇぞ!」
「のろけ……?いや、そんなつもりはない」
「っせーよ!テメェもだぞ!」
荒北がぎろりと名前を睨み付けた。しかし名前は気付かずに福富を見ている。
「名字、どうかしたのか?」
「はい、私は幸せだなって」
へにょりと力の抜けた笑みを浮かべる名前を見て、福富の口角がやや上がる。荒北の盛大な怒声は相変わらず二人には届いていない。
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