先生から頼まれた留学生のお世話係はやはり私には向いていないようだ。この話をいただいた時、私は何度も断った。何故なら私は日本語以外の言葉が全くわからないから。今の時代必修科目となっている英語ですら全く理解出来ない。そんな私が先生に押されて強制的にその係についたのは、彼等は日本語が喋れると言われたからだ。流石各アカデミアのトップなだけある。留学生は4人いて、みんな日本語がとても上手だけど、ジムだけは何故か英語まじりの言葉を話すので私は非常に困っていた。ジムはとても優しくて面倒見がいい。そんな彼のことは好きだけど、英語だけは勘弁してほしかった。
アカデミアの中を歩いていると前からジムが歩いてくるのが見えた。思わず身構えてしまう。
「Hello名前!」
ジムは人当たりのいい笑顔で手を上げ、小走りで私の方に向かって来た。はろう、は、挨拶だ。それくらいならなんとかわかるが、英語は最早アレルギーになっていた。
「名前?どうかしたのかい?」
「なんでもない。おはようジム」
するとジムの背後から「ガウ」と鳴き声が上がった。ジムの細い身体の後ろから緑色の手足がじたばたと動いている。
「カレンもおはよう」
そう言えば途端にカレンが大人しくなった。そんな私達を見てジムは嬉しそうに笑う。
「名前はすっかりカレンのfriendだな」
ビシッと私の表情が固まったような気がした。ふれんど、友達…。さっきのハローもだが、こんな簡単な単語にまで拒絶反応が出てしまうなんて情けなくなる。
「What happened?」
ジムが心配そうな顔をして私を覗き込んだ。これまで簡単な単語だったからよかったけど、今度は少し長い。何で言っているのかわからず、私はおろおろしてしまう。ジムは具合が悪いと判断したのか、必死に私の背中を擦り始める。
「大丈夫か?Doctorに診てもらったほうがいい」
ジムの英語がさらに畳み掛けてくる。まださっきの言葉を理解していない私はわけがわからなくなって本当に具合が悪くなりそうだった。
「ジム、大丈夫だから」
「しかし、」
「本当に何ともないの」
背中から手が離れる。ジムを見上げると、その表情はどこか切ないものだった。どきりと心臓が跳ねる。これまで笑顔や朗らかな表情しか見たことがなかったので、この表情から目が離せない。浅黒い肌に緑色の瞳。やはりジムはハンサムだ。
「その、名前は…」
言いづらそうに視線を外し、人差し指で頬を掻いたジムは、何かを決心したのか再び私を見た。
「もしかしてオレのことが嫌いなのか?」
「え?全然、むしろ……」
続きは言えなかった。告白ではないけど、私の心情的に、好きだと言葉にしたらどうなってしまうかわからない。疑惑が晴れたのでジムはほっとしているようだが、それでもまだ納得していないようだ。
「Sometimes,名前はオレといると変な顔をするだろ?…今みたいにね」
ジムの言う通り、私は今変な顔をしていることだろう。確かに露骨だったかもしれないが、ジムに勘違いをさせてしまっていたことがあまりにも申し訳ない。
「あのね、実は私英語が苦手で…」
「え?」
「全然わからないの。だから……」
するとジムはこれまでの表情が嘘みたいに破顔した。心地の好い笑い声がやむと、ジムが私の肩に手を置く。
「Sorry名前、おっと、だめなんだっけね」
再びジムが笑い出す。どうやらツボに入ってしまったらしい。テンガロンハットがずれるくらい笑っている。なんだか恥ずかしい。
「ちょっとジム、笑いすぎだよ」
「はー、英語に反応してたのかと思うと可笑しくて」
「ひどい」
「だって名前、英語がだめならカードの名前はどうなんだい?」
「あれは名称だから関係ないの!」
カードに関してはもう英語だと思っていない。ジムはまだいつでも大笑いできるぞ、といった顔をしている。そんなジムの腕を軽く叩けば、眠っていたカレンが飛び起きてしまった。
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