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「おはよう名前」

この一言で私の一日が始まる。毎朝眠りから覚めた私が最初に見るものは不気味な仮面の奥の瞳だ。幼い容姿のくせにあどけなさはなく、どこまでも深い闇の中の沼を連想させるオーラ。起きても尚悪夢を見せられているようだ。だがその悪夢こそトロンが望んでいるものらしい。トロンは私の記憶を食べる。私が感じてきた私だけのものを捕食している。私の悪夢は憎悪と憤怒に変わる。その瞬間を見逃さずに奪っていくのだ。彼は怒りを集めて食らう。だから無限に憤怒を生み出す私を側に置いている。バリアンの力を持つ彼からは決して逃げられない。私がトロンから解き放たれる時は、憤怒の芽を一つ残らず摘み取られた時だろう。それはトロンの復讐が終わったか、私が壊れてしまったかのどちらかに違いない。

「今日はどんな夢を見たの?」
「紫色の霧の夢」
「そう。僕にも見せて」

そう言うとトロンは私の額に手のひらをかざした。この瞬間、いつも深い穴に落ちているような感覚に捕らわれる。幻想の穴に落ちないよう必死にシーツを握り締める。そのせいか、いつも握り締めているその場所は擦りきれて薄くなっていた。

「いい夢だ。いっただっきまーす!」

トロンの食事はすぐに終わる。彼がいつでもお腹がすいているのは、きっと怒りが足りていないからなのだろう。空腹を埋めるために多目の間食も摂っている。トロンは満腹を知らないのだろうか。いくら食べてもその小さな胃袋が満たされないとは一体どんな感覚なのだろう。

「名前、君の怒りはやっぱり最高だよ」
「そう」
「さぁ起きて。食事にしよう」

トロンが私の腕を引っ張りベッドから下ろす。引き摺られないようにバランスをとって床に足をつけ、トロンの後を着いていけば朝食がずらりと並べられた部屋に到着した。いつも思うのだが、朝からこんなに豪華だなんてトロンは相当金を持っている。それにしてもここはホテルか何かなのだろうか。私はここがどこだか知らない。そういった記憶はトロンに奪われてしまっている。私が覚えていることは私の名前が名前だということと、何かに対し深い憎しみを常に感じているということ。それにトロンのこと。トロンには息子が三人いるが、私は娘ではないと思う。接し方が根本的に違うのだ。私を愛でているくせに、血の繋がった息子への扱いはとても冷たい。今日も息子たちは朝食を一緒にとらないようだった。

「さぁ名前、座って。何から食べようか?名前は何が好き?」
「わからない」
「自分の好きなものもわからないの?おかしな子だねぇ」
「トロンが私の記憶を返してくれたらわかるんだけど」
「それはだめだよ。だって返したら名前は憎しみを感じなくなっちゃうかもしれないから」

トロンは仮面を取るとにっこりと微笑んだ。トロンが必要としている私の憎しみは何から発生しているのだろう。いくら考えても浮かんでこない。変わらない毎日を過ごすのはもう嫌だ。それでも、私はこの生活から脱け出せない。

「好きなものがわからないなら全部僕が選んであげる。これからもずっと、そうして生きていくんだよ」

トロンが皿に様々な料理を乗せていくが、全て重ねられていくので混ざってしまい、別の料理が出来ていく。確かにこれならもうどれが好きだとか関係がない。

「はいどうぞ」

トロンが私の前に皿を置いたので、フォークとナイフを使って名称がなくなってしまった料理を食べていく。味はよくわからない。美味しいとも不味いとも感じない固形物を噛み砕いて内臓に押し込む。空しさばかりが私の腹に溜まっていった。

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