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「#幼馴染」のBL小説を読む
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最近長官になった三人のホセ様、プラシド様、ルチアーノ様は謎に包まれた方々だ。あまり人前にも出ない。そして私が中継して指示を出すといった奇妙なやり方をしている。中継役といってもかなり重要なポジションだ。適任の方はたくさんいるのに、平社員である私が選ばれたのは何故なのだろうか。聞いてみたいが仕事以外のお話ができる雰囲気ではない。プラシド様は特にそうだ。あの瞳に睨まれると怖じ気づいてしまう。ルチアーノ様は無邪気な方なのでたまに雑談をさせていただいたりもするが、あんな小さな子供が上司だなんて信じたくない自分もいた。それに、ルチアーノ様はプラシド様のことを下っ端と呼んでいる。流石にそれはないでしょうと思ったのだが、私が何か口を挟むことも出来ず、ただ沈黙を保っていた。その時初めてプラシド様に睨まれてしまい、私の中でプラシド様は“怖い人”というレッテルを貼られている。

「名前、この書類頼む」
「あ、はい…」

同僚から渡された書類に目を通せば、長官のサインが必要なものだとわかった。長官に会うことが私の仕事なのだが憂鬱で仕方がない。できればホセ様にサインをいただいてさっさと帰ってこよう。のっそりと椅子から立ち上がる。そしてデスクの引き出しに入れていたリップクリームをポケットに仕舞ってエレベーターに乗った。この季節になると唇が乾燥して仕方がない。私は特にひどい方で、四六時中リップクリームを塗っていないとすぐに唇の皮が剥けてしまう。事務仕事が多いのであまり人と対面する機会は少ないが、三日に一度ほど上司である長官と会う。乾燥した唇は見苦しいものだろう。だから私にはリップクリームが必須アイテムだった。エレベーターが目的の階に着く前にリップクリームを塗るとイチゴの香りがエレベーター内に漂った。これは無臭と間違って購入してしまったものだが、勿体ないので使用している代物だ。エレベーターが止まる。書類を抱き直して扉が開く前に一歩を踏み出したのだが、見事につんのめってしまった。

「わっ!」
「名前か」

なんと扉が開いた先にプラシド様がいらっしゃった。完全に誰もいないと思って気を抜いていたので吃驚してしまう。プラシド様にぶつからないよう身をよじったせいでエレベーター内の壁にぶつかり、揺れて不安になる音を立てた。

「何か用か?」
「え?あ、はい。書類にサインをいただきたくて」

エレベーターから下りようとしたのだが、プラシド様が道を塞ぐ。ドアが閉まらないよう足で止めていらっしゃるが、別にここでなくてもいいのだ。いや、でもプラシド様がエレベーターの前にいたということはこれからどこかに行くのかもしれない。書類を渡そうとした時、プラシド様が「む」と眉を寄せた。どうかしたのだろうかと思って顔を上げると、プラシド様がエレベーター内を見回している。

「どうかしましたか?」
「名前か」

先程と同じことを言われてしまった。どうしたらいいのかわからずに対応に困っていると、プラシド様に勢いよく腕を引かれた。書類が手から滑り落ちるのと私がプラシド様の胸にぶつかるのはほぼ同時だった。

「なんっ」

『何ですか』と言おうと顔を上げたら、お互いの唇が重なった。頭が真っ白になる。何故プラシド様が私にキスをしているのか、全く意味がわからない。プラシド様は目を開けてじっと私を見ている。普通は目を閉じるものではないのだろうか。いや、そんな問題じゃない。プラシド様は私の唇から離れると最後にぺろりと私の唇を舐めた。やっとキスをされたのだと実感してカッと顔が熱くなる。

「味はしないのか」

動けないでいる私をよそに、プラシド様はしれっとした表情で落ちた書類を拾い上げる。味はしないとは何のことだろうと考えて、一つだけ思い当たることがあった。イチゴ。私にはわからないが、プラシド様にはまだイチゴの香りがしたのかもしれない。だからといってキスをするのはおかしいのだが。怒ることも出来ずに呆けていると、プラシド様が私の胸ポケットに刺さっていたボールペンを抜き取って書類にサインをした。そして何事もなかったかのように元に戻す。これでわかったことがある。プラシド様には常識がない。

「これでいいのか」
「はい…」
「どうした」
「いえ、もういいです」

このままエレベーターで一緒になるのは避けようと思ってエレベーターから出れば、プラシド様も隣に並んだ。

「乗らないんですか?」
「誰が乗ると言った」
「言ってませんね…。では私が乗ります」
「名前」

閉まろうとしている扉を再び押さえ付けてエレベーターに乗り込んだ私を呼び止める。

「次は貴様の味がするものではなくイチゴの味がするものを持ってこい」

扉がゆっくりと閉まる。治まっていた羞恥がぶり返してきた。

「私の味って…!」

プラシド様は何を考えているんだ。イチゴが好きなのはわかった、よくわかった。でも根本的なことがわからない。下降するエレベーターの中、プラシド様のレッテルが“怖い人”から“謎の人”に貼り変わった。

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