Sparkle*1

Sparkle

title by RADWINPS


「ごめんね光子郎、いろいろと忙しくてしばらく会えそうにないの」


日曜日の朝、共に起床し、共に朝食を済ませ、食後の休憩とばかりに恋人であるの家でテレビを見ていた光子郎は、 目の前のテーブルにコトリと音を立てて置かれたマグカップを見つめながら、目を瞬かせた。


「しばらく…ですか?」


自分の分のカップをその隣に置きながら、キッチンからリビングへと戻って来たは苦笑いを浮かべる。 彼女にとって、自分の言葉に光子郎が驚くだろうことは想定内だった。 二つ並んだマグカップからはコーヒーの香ばしい香りと共に、ゆらゆらと湯気が立っている。


「そろそろ卒論も大詰めの時期だから集中したいのと、しかもこんな時にサークルの方もちょっと問題があったらしくて」


人の良いのことだ、恐らくサークルの後輩達に何か頼まれ事でもしたのだろう。 光子郎はそう思った。 大学4年ともなれば就職活動やら卒業論文の作成やらでただでさえ忙しいというのに、 サークルの方にも頻繁に顔を出さねばならないとなると、が忙しくなってしまうだろうことは明らかである。 眉尻を下げて困ったように笑うの表情を見ながら、 光子郎は彼女の人柄の良さを称賛しつつも、その長所が今回の別離を招いたことを憂えた。


「それは、大変ですね」
「うん…でもまあ卒論は自分の問題だし…サークルの方もお世話になってるから力になりたくて」
「でも連絡は…取り合えますよね?」


の用意してくれたコーヒーに口を付ければ苦みと酸味が口の中に広がる。 先日2人で出掛けた際に買ったばかりのこのコーヒーを光子郎は気に入っていた。 その美味しさに胸が満たされていた彼の心にも、 から返って来た返事のせいで一瞬にして陰りが差してしまう。


「うーん…どうだろう…」
「え…連絡も取り合えないって、大丈夫なんですか?サークルで何かそんなに大変な事態でも?」


会えなくなってしまうのは致し方ないと思っていた光子郎も、 連絡すら取り合えないとなるとそのことへの不満よりもの身が心配になってくる。


「ううん、大丈夫なんだけど、連絡取り合うとほら、結局光子郎に会いたくなっちゃうし」
「気が散ってしまう、ということですね」
「…ごめんね?」
「仕方ありませんよ、でもたまになら、連絡しても良いですか?」
「そうだなあ…電話はちょっと出られないかもしれないけど、メールなら返せるかもしれない」
「…かも、ですか」


無理を通すつもりは無いが、 先程から否定的な言葉しか返って来ないことに、思わず光子郎が気落ちしてしまう。 自分の気持ちがどんどん沈んでいくのを感じながらも、 自分の中に芽生えたまるで乙女のような女々しさに気付いた光子郎は、 男の自分がこれではいけないと頭を振った。


「ごめんなさい、我儘言いました。さんの負担にはなりたくないので…少しの間だけですし、我慢しますね」
「こっちこそごめんね光子郎…なるべく早く落ち着くようにいろいろ頑張るから」
「…はい、待ってます」
「本当にごめんね」


困ったように頬を掻くの表情を見ながら、光子郎は既に自分の中に虚無感を感じていた。 これが今生の別れでもなければ、自分との関係の終わりを告げられたわけでもないのだ。 そこまで大きく捉える必要は無い。 ただ卒論とサークルのためとはいえ、少しばかり強引過ぎる距離の置かれ方に光子郎はとまどっていた。 自分には言えない何かが、彼女の身に起きたのではないだろうか。 そんな疑問と不安が彼の心の中に渦巻いていた。 その一方でその不安は自分の気のせいかもしれない、 今はそう信じておいた方が良いのではないかとも思っていた。 本当に何か大変な事態が起きたのであれば、いつか自分に相談してくれるに違いない。 今がその時ではないのなら、今は図々しくも自分が名乗り出る必要も、彼女を問い詰める必要もない。 モヤモヤとした気持ちを落ち着かせるため、光子郎はそう思い込むことにした。 大好きな彼女にしばらく会えないことは寂しいが、それならば。


「しばらく会えないのは我慢するので、その分」
「…うん?」


言葉を切った光子郎にが首を傾げる。 隣に座っていた彼との距離が小さくなり、そっと重なった手に視線を落とせば、 コーヒーの香りがふわりと漂った。 一度落とした視線と共に顔を上げれば、寂しげに細められた光子郎の瞳とのそれが交わる。


「もう少しだけ充電させて下さい」


自分をじっと見つめる熱を孕んだ瞳にの胸がどきりとする。 離れたくないと言わんばかりの光子郎の表情に、は胸が詰まる思いがした。 彼女が『…うん』と小さく返事をすれば、2人の間の距離がゆっくりとゼロになる。 とて彼との別れは本意ではない。 だが光子郎が考えたように、今の彼女は一刻も早く片付けねばならない事態を抱えていたのである。 そのためには彼と距離を置くことは致し方なかった。 これから訪れるしばしの別離への寂しさからか、甘えるように擦り寄せられた頬も、自分を愛おしむ様に落とされる唇にも、 その全てにの胸の中では光子郎への申し訳なさが募る。 もう一度だけ『ごめんね、光子郎』と呟いてから、自分を抱きしめる彼の背中にはゆっくりと腕を回した。















事の始まりは母からの一本の電話だった。


、元気?ちょっとお願いがあるんだけど」


久しぶりに掛かって来た実家の母からの電話に、は首を傾げた。


「お願い?お母さんが私にお願いごとだなんて珍しいね」
「でしょう?だからこそどうしても引き受けて欲しいことなのよ〜!」


心なしか弾んでいるように聞こえる母の声にますますの頭に疑問符が浮かぶ。 大学生になり実家を出たが、いつでも家には帰れる場所に住んでいる。 この週末何か用事でもあるのだろうか。 そんなことを思っていたの浅はかな考えは、次の瞬間に聞こえてきた母の言葉で見事に打ち砕かれてしまった。


「実はね、来週末なんだけど、急遽にお見合いしてもらうことになっちゃって」
「…は??!!」


とんでもない言葉が自分の耳に入って来ては驚きを隠せなかった。 話を聞けばどうやらその見合い相手とやらは、母の職場の同僚の息子さんらしい。 仕事の休憩中にやれ最近はそちらのお子さんはどうしているだとか、 もう結婚したのかだとか、そういった話になった際、互いにまだ未婚だということでトントン拍子で話が進んでしまい、 それならばとりあえず当事者達を会わせてみようではないかという話になったそうだ。 にしてみれば何がとりあえずなのか、全くもって理解しがたかった。


「ちょ、ちょっと待ってよお母さん…!話が進んでるところ悪いけど、私もう彼氏がいるんだけど…」
「え!!!やだ、そうなの?どんな人?お母さん知ってる人かしら〜?」
「まあ、お母さんも会ったことある人だけど…」
「え、嘘!!!だれだれだれ?!学校の同級生?!もしかして…太一くん?!」


『太一』という名が自分の母の口から飛び出て来たせいで、 は過去の記憶を甦らせることになった。 太一とは幼馴染というほどの関係では無かったが、小学生の間ずっと同じクラスだったのだ。 互いに選ばれし子供たちだったこともあり、顔を合わせる機会が増えれば自然と気の置けない関係になった。 まだ幼かった当時は太一の家に遊びに行ったこともあれば、彼がの家に遊びに来ることもあった。 となれば彼が自分の母と顔見知りであるのは言うまでも無く、その逆もまた然りである。


「いやそれはない、それは絶対ない。っていうか何でよりによって太一なの…」
「えー、違うの〜?太一くんイケメンだし爽やかだし、お母さん結構好きだったのに〜!」


母の言うようにスポーツ万能で格好だけは良い太一は昔から女子には人気で、 その上快活でしっかりと挨拶も出来る子供だったので、親達からも評判は良かったらしい。 とは言え自分の母親が彼を気に入っていたとは知らなかったは、 自分と太一がそういう関係になることを望まれていたのだと知って少しばかり気恥しくなった。


「彼氏の話は追い追いね…それは置いておくとして、だからお見合いとかそういうのはちょっと…っていうか無理」
「で、でもねえ、わかりましたってもうお返事しちゃったし、会場も押さえちゃってるのよ、何とかならない?」
「そう言われても…」
「お願い!一回会うだけで良いから!ね!?」


何とかならない?の前に当事者の自分の娘にまず予定やら何やらを確認するべきじゃないのか、 は心の底からそう思ったが、人付き合いの良い母のことだ、自分の娘の都合より相手側を優先したのだろう。 本当ならば無理だと言い張り強引に電話を切ってしまえば良いだけの話だが、 とてその世間体の良い母の娘である。 見合いなど嫌だと思いつつも、正直にそう言って母の立場を悪くするのは酷だと思ってしまう性質だった。 必死に頼み込んで来る母の声に、彼女は覚悟を決めるしかなかった。


「…わかった、会うだけだから、それに一回だけだからね!金輪際そう言うのは全部お断りしてよね」
「もちろん!今度一回会うだけだから!それ以降はお断りするし、もうこれ以降はそういうお話はお受けしないようにするから!」


ご機嫌で『あ〜良かったわ〜!じゃあまた詳細が決まったら連絡するわね〜!』と電話を切った母とは反対に、 の気分は最悪だった。 お見合いなど今の自分にはとても必要のないものだったし、 今後もその必要はないと思っていたはずなのに何故こんなことに…は頭を抱えるしかなかった。 彼女の懸念はただ一つ、 心配性の自分の恋人、光子郎にこの事をバレないようにしなければならないということだった。 彼の耳に『お見合い』の言葉が入ってしまったが最後、確実に自分とは別れるのだと思うだろうし、 下手をすると向こうから勝手に僕は邪魔ですね、などと言い出して身を引かれてしまう恐れさえある。 前者も後者もどちらも、にはそんなつもりはなかった。 彼との関係は良好だし、互いに相手をかけがえのない存在として見ていることはわかっていた。 そもそも彼には告白されたその時に『ずっと一緒にいたい』と、 もはやプロポーズに近いことを言われているのだ。 もそのつもりだからこそ、自分の人生にはお見合いなど不必要なものだと思っていた。 それなのに、こんな。 断るべきことを断れなかった自分のふがいなさに、は大きな溜息が出た。 光子郎にこのことがバレれないようにするためには、まず彼と距離を置くべきかもしれない。 その方が安心して早急に事態を収めることが出来る気がした。 この事態を抱えたまま、冷静を保ちつつ恋人に会い続けられるほど自分は器用ではないとは思っていたからである。 とは言え自分ひとりで抱えるにはあまりにも大きな案件に、 は気の置けない誰かにこの怒りやら戸惑いやらを聞いてもらいたくて仕方がなかった。 助けを求めるように手を伸ばした携帯端末から付き合いの長い2人の名前を探し出し、 は早速彼等に泣きつくことにしたのだった。


(20201104)

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