Ep.05
Ep.05
「あっぶねぇ、」
間一髪だった。 引かれた後ろ手を振り返り様に引き上げ、 転びそうになったをディーノは抱き留めた。
「大丈夫だったか、?」
タイルの床にダイブすることを覚悟していたは、 予期せず飛び込んでしまったディーノの腕の中で 一体何が起こったか未だ理解出来ずにいた。 フリーズしたかのように固まったままのの様子に、ディーノが再度彼女の名前を呼ぶ。 そこでようやく我に返ったは、ようやく口を開いた。
「ご、ごめんなさい…私…!」
「なんでが謝るんだよ、そもそも俺がお前を強引に引っ張ったから…」
心配そうにディーノがの顔を覗き込むと、顔を上げた彼女の視線とディーノのそれが重なる。 あまりの距離の近さに驚いたは思わず顔を反らした。顔が熱かった。
「も、もう大丈夫ですから…!」
「…本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫です、っ!」
それほど力は強くないとは言え必死に自分の胸を押すの姿に、 それならばとディーノが彼女の体から自分の身を放す。 ここまでの至近距離でディーノの顔を見たことも、自分の顔を彼に見られたことも無かったにとって、 先程までの距離は心臓に悪過ぎた。 ディーノが自分から離れたことでほっと胸を撫で下ろしたは、 それと同じタイミングで自重で床に立とうとした。 その時だった。
「…っ!!!」
「?」
苦し気に息をのみ顔を歪めたの表情に、 ディーノは再び彼女の腕を掴んでその体を支え上げた。
「お、おい、、どうした…!?」
「っ…足が…」
「もしかして…足が痛むのか?」
「…えっと、その………ちょっと挫いたみたい、です…」
ディーノがの足元に視線を落とすと、 転んだ拍子に靴が脱げてしまった方の足首が赤くなっている。 痛々しい色だった。 自分の肩を掴んで支えにするようにに伝えたディーノは、 そのまま彼女の足元に屈みこみ、腫れている其処にそっと触れた。
「…っ!う…」
「ごめんな…痛むよな」
屈んだの足元でディーノが黙り込む。 まさかこんなことになるとは思わなかった。 自分があの御令嬢と雲雀の言葉にカッとして我を忘れたばかりに、 をこんな目に遭わせてしまうとは。 広間であれだけを酷い目を遭わせたばかりだというのに、 ここでも彼女に傷を負わせてしまった。 俺は一体何をしている? を傷付けるために此処に彼女を連れて来たのか? ディーノは自分の不甲斐なさに、その情けなさに唇を噛んだ。
「あ、あの、ディーノさん…?私…って、わっ!?」
自分の足元に屈みこんだまま俯くディーノを案じたは彼に声を掛ける。 確かに足は痛むが自分の足で歩けないことも無い。 手を貸して貰えさえすれば、自分の足で立てるということをディーノに伝えようとした。 だがそれよりも先に彼が行動に出た。 不意に立ちあがったディーノがを抱え上げたのだ。
「えっ、ちょっ、ディーノさん?!」
「悪いな、ちょっと目立つかもしれないが、車まで我慢してくれ」
「えっ?車までって…下ろしてください!私ちゃんと自分で歩けますから…!」
が必死にそう主張するのを無視し、 ディーノは先程までは掛け足で進んでいた廊下を、今度はゆっくりと歩き始めた。 大半が広間でパーティーを楽しんでいるとはいえ、少なからず他の正体客の視線が刺さる。 所謂お姫様だっこの状態で男が女を抱えて歩いていたら、 一体何事かと皆が噂するのは当たり前だろう。 でもそれが何だというのだ。ディーノはそう思った。 いくら愚かで非力な自分でも、 傷付いたを一人で歩かせることなどできるわけがない。 そんなことはさせられるはずがなかった。 これ以上、自分のせいで彼女が辛そうな表情をするのは見たくなかったのだ。
自分を抱えているディーノの腕の中で、は彼を見上げていた。 何か考え事をしているのか彼は眉根を寄せている。 本来ならば、こんな風に自分に傷を負わせた彼を責め、怒りを感じるべきところなのだろう。 それなのにこんな目に遭ったあとでも、 難しい顔をして真っ直ぐに前を見詰める、ディーノの真剣な表情に見惚れてしまう。 自分のこの呑気さを呪うべきだとは思った。 仕方がないのだ。これが惚れた弱みというやつに違いない。 腫れた足首は靴が脱げてしまったせいで、風に当たると少しだけひんやりした。 その冷たさを感じたところでははっと気付く。 脱げた靴を拾い忘れてきてしまった。 誰もが知る有名なブランドの靴だったのだ、とんでもなく値が張る代物に違いない。 折角ディーノに用意してもらったものを無くしてしまった罪悪感に、 どうしようとは一人青くなった。 だがその必要はなかった。 シンデレラの落とした靴は、いつだって王子様が拾ってくれるのだから。
肝心のその靴は、それを拾い上げたディーノの手にしっかりと握られていた。
(2022.06.15)
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