Ep.01
Ep.01
「基本的には屋敷内にいてもらうことになるが、自由に過ごして貰って構わないからな」
屋敷に到着した翌日の朝、自室として充てがわれた広い部屋のベッドで目を覚ましたの頭に浮かんだのは、 昨日ディーノに言われたその言葉だった。 カーテンの隙間から差し込む眩しいほどの光が今日の天気を教えてくれる。 どうやら快晴らしい。 特別用事のない休日、なおかつそれが天気の良い日ともなれば、 常のならば屋敷の庭に出て植物の世話をするのが習慣だった。 だがここではそうもいかない。 さて今日はどのように過ごそうか。例え仮とはいえディーノの婚約者として一体どう過ごすべきなのか。 考えても正解などわからなかった。それならばいつも通り、好きに過ごしたら良い。 とりあえずベットから出たは身支度を整え部屋を出ると、 予想していたより静かな屋敷内の長い廊下を歩く。 今日は早くから部下達を連れて街に出る予定だと昨日ディーノから聞かされていたは、 静かな廊下を抜け、まずは空腹を満たそうと食堂へ向かった。
朝食を終えたは再び屋敷の廊下を歩いていた。 途中、屋敷に残っていたディーノの部下達とすれ違い、挨拶を交わす。 キャバッローネファミリーも屋敷が大きいだけあって部下の数が多い。 果たしてお世話になっている短期間の間に皆の名と顔を覚えられるのかと不安になる程だ。 ディーノから好きに過ごしていいと言われ、昨日屋敷内をひと通り案内してもらったは良いものの、 よそ様の家を好き勝手使ってしまうのは気が引ける。 が朝に一度通って来た廊下を戻りながら、さてこれからの日々、 この屋敷でどのように過ごしていったら良いのかと頭を悩ませていると、 自分の部屋の前まで戻ってきたところで屋敷のメイドに出くわした。 昨日の世話係だと紹介された彼女はまだ若く、年頃は自分とそこまで変わらないだろう。 何かあれば彼女に頼むようにとディーノに言われていた。 が彼女の存在に気付いたとき、同じように彼女もの存在に気が付いたようだった。
「さま、おはようございます」
「お、おはようございます…!」
「お目覚めだと伺ったものですからこれからお部屋の掃除をさせていただきたいのですが、入室してもよろしいでしょうか?」
恭しく挨拶をする彼女は恐らくを本当にディーノの婚約者だと思っているのだろう。 事実を知っている人間は少ない方が良いと考えるディーノからの提案だが、 部下の中でも今回の事情を知っているのは彼の側近のごく一部だった。 例え短期間だとはいえ、共に暮らす人々に隠し事をして世話になることへの罪悪感からの胸がちりと痛んだ。
「いえ、部屋の掃除なら自分でしますので不要です」
「ですがディーノさまからそうするようにと指示を受けておりますので…」
「大丈夫ですよ、私からディーノさんに今後は不要だと伝えますから」
「で、ですが…」
申し出を頑なに断るの言葉に不安げな表情を浮かべた彼女は恐らく、 主人に任された仕事をしないことで後々自分が叱りを受けるとでも思っているのだろう。 彼女の仕事を奪ってしまうのは心苦しいが、とて最初から自分の世話は自分でするつもりでこの屋敷へ来たのだ。 何処ぞの御令嬢のように何から何までメイドにやらせるような立場でもないし、 何ならボンゴレでは自分の分どころか多忙な日々のせいで不摂生な生活を送る仲間の男達の世話も焼いている。 ボンゴレにも使用人はおり、これは自分達の仕事であって、に雑用などさせられぬと最初は申し出ていた彼らとも 今では折り合いを付けて上手くやれていた。 さて自分の世話係を任されてしまった彼女とはどのようにして折り合いを付けようかとが考え始めると、その頭には一つの考えが浮かぶ。 お互いに譲歩し合えば良いだけなのだ。
「それならこうしませんか?」
「なあロマーリオ、が何処にいるか知らねえか?」
早朝から屋敷を離れ、所謂おやつ時と言われる様な時間に屋敷へと帰って来たディーノは、 姿の見えないの存在を自分の部下に尋ねた。 帰って来るなり彼女の部屋をノックしたが返事が無く、 無礼を承知でドアを開けてもそこには彼女はいなかった。
「?いや見てねえが…」
「そうか、屋敷内にはいると思うんだが全然姿が見えなくてな」
「何か用事でもあるのか?」
「いや、そうじゃねえけど…」
こんな男所帯の中にを住まわせているのが少なからず不安なのだろう。 まさか仮にもボスの女に手を出す馬鹿はいないとディーノとて信じているだろうが、 それでも心配は心配なのかもしれない。 はそこらへんの一晩限りの女とは違う。 大切な妹分なのだ。 自分のボスの心中を察したロマーリオは、ふっと笑みを小さく零した。
「俺も少し探してみるか、見付けたら教えるぜボス」
「ああ、頼んだぜ」
ロマーリオと別れたディーノがを探し屋敷内を歩き回っていると、 普段はほぼ足を運ぶことのない使用人達の仕事場に辿り着いた。 屋敷内を動き回っている彼らならばの姿を見掛けているかもしれないと、 ディーノはたまたま近くにいたメイドに声を掛けた。
「なあ」
「え?!え、えっとディーノさま…!何故こちらに?何かご用でしょうか?」
普段自分達の仕事場に顔を出すことなど皆無な自分の主人がこの場に現れたことに驚きを隠せなかったのだろう。 ディーノの姿を見るなり目を丸くし、身を固くしたメイドの様子に彼は苦笑を零した。
「仕事中すまねえが、を見掛けなかったか?探してるんだがどこにもいなくてな」
「さまなら…えっと、その」
先を言い淀むメイドの姿にどうしたのだとディーノが眉を寄せる。 そういえば昨日これからのの面倒や世話を頼んだのはこのメイドだった。 それに気が付いたディーノは彼女が何か知っているに違いないと思い、彼女の言葉の先を急かす。
「おい、どうした、に何かあったのか…?」
「い、いえ、そうではないのですが…」
「ならなんだ、何か知っているなら早く言ってくれ――――――」
今にも掴み掛かりそうな勢いで焦りの色を滲ませたディーノの態度にそのメイドが怯える様な表情を浮かべた時、 二人の間に割って入ったのはの声だった。
(20210423)
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