くちびるにクーベルチュール六道骸


    「あ、骸さん」
    「先日はクロームがお世話になったようで、ありがとうございました」


    そのつい先日と同じように厨房でチョコレートが入ったボウルをかき混ぜていたは、 レシピを見ようと本に落としていた視線を上げたとき、部屋に入って来る骸の姿を見て声を掛けた。


    「ショコラ、とても美味しかったですよ、クロームもあなたと過ごした時間が随分と楽しかったようですし」
    「あはは、それは良かったです。でも違うんですよ、あれは逆に私がお世話になった方で」
    「と、言いますと?」
    「もともと私が一人で作ろうと思っていたんですけど、クロームが手伝うと言ってくれたのでお願いしたんです」
    「なるほど、そうでしたか」


    あの日、自室でクロームと共に彼女とが作ってくれたショコラをいただきながら、 クロームからやれ今日はと何をしただの、何が楽しかっただのという話を聞いた。 随分と楽しそうな彼女の口調からてっきり最初から2人で計画していたことなのだろうと思っていたが、 実際は違ったらしい。 はクロームに手伝いを頼んだと言うが、普段からあまり人に頼み事をしないのことである。 実際にはクロームがやりたがったのだろうと骸は察していた。 となれば彼女は尚更に世話になったということである。


    「ところで今日はなにを?」


    『またチョコレートケーキですか?』と尋ねながら自分の手にあるボウルを覗き込む骸に、 は首を横に振った。


    「今日はケーキではなく、チョコレートその物の方を作ろうかと」
    「ほう、それもまた良いですね、今回もまた皆に配るんですか?」
    「いえ、実は前回のお礼だと言ってつい先日クロームがお菓子を焼いてくれたので今日はそのクロームに」
    「クロームがお菓子を?それは私も食べたかったですね」
    「骸さんはちょうど任務で数日いらっしゃらなかったので…クロームも残念がってましたよ」
    「そうだったんですね」
    「はい、なので今日はまたそのお返しに彼女の好きなものを作ろうと思いまして」
    「それでチョコレートですか」


    骸が興味深げな声を出したのは、クロームと同じようにそれが彼の好物だからである。


    「今回もちゃんと骸さんにもあげますよ」
    「え、いいんですか?クロームにあげるものでしょう?」
    「種類もいろいろ作るつもりなので数は多くなりますし、大丈夫なんです」
    「そうなんですか、それは嬉しいですね」
    「それに骸さん、今自分も食べたいって顔してましたし」


    『バレましたか』と骸が苦笑を浮かべればは可笑しそうに笑った。 『冷やしたりもするのでまだまだ時間が掛かりますけど』と言いながら、彼女は再びボウルをかき混ぜ始める。 彼女がページをめくっているレシピ本に同じように骸も視線を落とすと、 隣に立つ彼女の頬に茶色の液体が付いていることに気付いた。


    「おやおや、
    「なんですか?」
    「チョコレートが顔に付いてしまっていますよ」
    「え、わ、やだ、どこだろう」


    恐らく必死に材料を混ぜている際に飛び散ってしまったのだろう。 必死に細い指でその汚れを拭おうとしているが、なかなか肝心の場所に辿り着かない。


    「僕が取りましょうか?」
    「だ、大丈夫ですよ、それぐらい自分で…!」
    「そう言いながら先程から全然取れていませんよ?僕に任せて下さい、すぐに取れますから」
    「じゃ、じゃあ…お願いします」


    バツが悪そうに申し訳なさそうに眉尻を下げたに骸が近付く。 だが自分が思っていたよりもすぐ傍に立った骸を、が不思議そうな瞳で見上げる。 その瞬間骸の影がそっと彼女に落とされて、至近距離に彼の顔があることに驚く間もなく、彼の舌が頬を這った。


    「ひっ、む、むくろさん」
    「ん、じっとしていてください」
    「……っ、」


    頬といってもほとんど唇に近いところである。 そんな部分を骸の舌がちろちろと這う感覚に、の口から思わず引きつった声が漏れた。 ボウルを抱えたままの状態で思い切り身を固めてしまっていると、 横目でその様子を捉えた骸がふっと笑って身を離す。


    「もう大丈夫です、取れましたよ」
    「ふっ、普通に手で取ってくれればいいじゃないですか!」
    「でもそれじゃあつまらないでしょう?」
    「つまる、つまらないの問題じゃありません!」


    骸が『それじゃあ何なんです?』と尋ねれば一瞬言葉を詰まらせたは『は、恥ずかし…っ』 と湯気が出そうな程に顔を朱に染めた。それを見た骸が可笑しそうに笑う。


    「クフフ、顔が真っ赤ですよ
    「言わないでください!わかってます!」
    「ドキドキしました?」


    熱くなってしまった自分の頬を押さえながら、この六道骸という男はつくづく酷な男だとは思った。 恐らくこれ以上にないほど真っ赤に染まっているであろう自分の顔を目の当たりにしておきながら、 わざわざそんなことを聞いてくるのである。 完全にからかわれている、にはそうとしか思えなかった。


    「もう!私で遊ばないでください!」
    「すみません、可愛くてつい」
    「完成したらちゃんとあげますからもうここから出て行って下さい!邪魔しないで…っ!」


    背中をぐいぐいと押されて、骸はに扉の前まで連れて行かれてしまう。 『おやおや、怒らせてしまったようですね』と声を掛ければ 『骸さんの馬鹿、意地悪』と呟き、は俯いてしまった。 そんないじらしい様子を見て取った骸は一つ笑みを零して、彼女に押されるがまま扉の外に出る。


    「もう入ってきたら駄目ですからね!骸さんは立ち入り禁止!」
    「クフフ、はいはい、わかりました」


    依然として熱を帯びた表情で自分を恨めしそうに睨む瞳に苦笑してから、 もう害は加えないという意味を込めて両手を上げ、降参のポーズを取る。 ゆっくりと閉まっていく扉のせいで、彼女の真っ赤な顔は次第に見えなくなっていく。 扉がバタンと音を立てて完全に2人の間を遮ってから、骸は考えた。 クロームとの仲が良いのは良いことだが、 先日のあの一件以来、クロームが口を開けば『が』『が』と彼女のことばかり話すのである。 随分と彼女に懐いているその様子を微笑ましいと思いながらも、 自分が密かに想いを寄せるをクロームに取られてしまったような気分になって、少しばかり妬けていたのだ。 だからこそ少しぐらいなら悪戯をしてもいいだろうと思ってしまった。 たとえ一時でもの頭が自分のことで一杯になればいいという思惑である。 真っ赤になった彼女の顔を思い出せば、それは彼の願い通りになったようだった。 まだ少し自分の唇に残るチョコレートの甘みを感じながら、 果たして出来上がったそれをは一体どんな顔で自分に届けに来るのだろうかと、 骸は楽しみに思いながら、足取り軽くその場を後にした。



    (20201020)



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