求愛給仕クローム


    、何してるの?」


    シンプルなエプロンを身に纏い厨房のキッチンでボールを抱えていたが、声のした方へと振り返る。 そこには彼女を不思議そうに見つめるクロームの姿があった。


    「あれクローム、どうしたの?お腹でも空いちゃった?」
    「別に、そういうわけじゃないけど」
    「そうなの?」
    「部屋の前を通ったらが見えたから何してるのかなって思って」
    「あーそっか、扉開けっぱなしだったからばれちゃったか。実はねこれからケーキを焼こうと思ってて」


    抱えていたボールの中身をかき混ぜながらがクロームにそう言えば、言われた彼女は驚いたように目を丸くした。


    「どうして?今日誰かの誕生日なの?」
    「ううん、そういうわけじゃないんだけど」
    「?」
    「私ね今日非番なんだけど、私以外にも珍しく今日は屋敷にいる人が多いみたいだから」
    「うん」
    「今日は特に用事もなくて暇だし、折角だから日頃の感謝も込めて皆に差し入れでもしようかなって思って」
    「……」
    「クローム?」


    が事の経緯を話せば、何かを考え事をしているのかクロームは黙り込んでしまった。 見れば少し頬を染めて、何か言いたそうに唇を噛み締めている様子である。 人見知りしがちで、自分の感情をうまく言葉に出来ない彼女のことだ。 聞いた自分の話に興味がなければすぐにでもこの場を立ち去ればいいものを、 彼女はまだそこに立ち尽くしている。 彼女が何を言いあぐねているかなどにはわかり切っていた。きっと自分の手伝いを名乗り出たいのだ。 ならばこちらから声を掛けて彼女を促してあげればいいだけのことである。


    「ねえ、折角だし、もし良かったらクロームも手伝ってくれないかな?」


    がそう言えば恥ずかしそうに俯いていたクロームがぱっと顔を上げた。 嬉しそうな表情で「う、うん!」と返って来た言葉に、は自分の予想が当たっていたことを悟った。 けなげな彼女のことだ、自分の考えを聞いて、 恐らくクローム自信も自分の仲間達に何かしたい、可能ならばこの場での手伝いをしたいと思ったのだろう。 もちろん守護者達皆に対して何かしてあげたいとは思っただろうが、 一番に彼女の脳裏に浮かんだ人物は間違いなく骸だろう。 彼は自分がチョコレート好きだと言うことを公言しているし、 偶然にも今日これから作ろうと思っていたのはフォンダンショコラである。 2人で彼の好物を作って差し入れすればきっと骸は大喜びしてくれるに違いない。 そう考えれば、クロームが偶然にもこの場に居合わせたことは好都合だった。


    「私、何したらいい?」
    「うん、そうだね、チョコはもう溶かし終わったからあとは―――」


    厨房の台に並べてあった材料の中から必要なものを取り、それらを先程まで抱えていたボールの中に加えていく。 物珍しそうにその様子を眺めているクロームの目は輝いていた。 材料を加え終わったところで残りの作業をクロームに任せる。 託されたボールを手に取り、嬉しそうにかき交ぜるぎこちなくも可愛いその姿に思わずの頬が緩んだ。 クロームに混ぜる作業をお願いしたはその間にオーブンの余熱に取りかかる。 耐熱のカップを予定の人数分より少し多めに用意していると、 クロームが近付いてきた。


    、混ぜるのこれぐらいでいい?」
    「えーっと、うん!良さそう!ありがとね、じゃあ次は焼く作業にいきます!」


    クロームが抱えていたボールを受け取って、用意してあったカップに生地を注ぎこむ。


    「あとはこうやって人数分に分けるだけなんだけど、クロームこれもやってみる?」
    「いいの?」
    「もちろん!」


    残りの生地の入ったボールをクロームに差し出せば、クロームはまた目を輝かせてそれを受け取る。 丁寧に少しずつカップに生地を注いでいくその姿は楽しげで、 まるでバレンタインに好きな相手を思ってお菓子作りをしている女の子のようだった。 可愛いなあ、はそんなことを思いながら自然と笑みが零れてしまうのを感じる。 クロームが生地の全てを分け終えるのを見届けたあと、 トレーにカップを載せオーブンに入れた。



    焼き上がるまでの間の時間で、洗い物やそのほかの片づけを済ませる。 焼きあがりが気になるのか、 その間に何度かそわそわとオーブンの中を覗き込むクロームがあまりにも可愛くて、今日何度目かの笑みを零す。 焼き上がったそれらをオーブンから取り出し、 ココアパウダーを上に掛けている間もクロームの瞳は輝いたままだった。 全ての作業が終わり完成の言葉を告げると、クロームの頬が『…おいしそう』と緩んだ。 見た目はとても良いが果たして中はうまく焼けているだろうか。 本来なら自分が一つ食べてみて確かめたいところだが、折角クロームがいるのだ。 自分が食べるより彼女にお願いした方が彼女も喜びそうだった。


    「ねえ、クローム、ちょっと味見してくれる?」
    「え、私?いいの?」
    「うん、上手く焼けていれば中にお楽しみが隠れてるんだけど、」
    「お楽しみ…?」


    皿に移したそれにフォークを添えてクロームに差し出せば、恐る恐る彼女が受け取る。 フォークを縦に入れるように言えば、指示通り彼女がそれを差しいれた。 どうやら中の焼き加減も上手くいったようだ。 ふわっとチョコレートの甘い香りが漂うと同時に、内側からとろりとチョコレートが流れ出した。


    「わあ!すごい…」
    「ふふ、よかった、すごく上手に出来たみたい、クロームのおかげだよ」
    「本当?」
    「うん、きっとみんなも喜んでくれると思うよ」


    そう言って頬笑めばクロームが照れくさそうに、嬉しそうに笑う。 見た目は完璧である、あとは味だ。 忘れていた味見をクロームに促せば、彼女は切り分けた欠片を口へ運んだ。 それが舌の上に乗ったであろう瞬間彼女の目が見開かれたのが見て取れて、味にも文句は無さそうだということがわかる。 『おいしい…』と呟いてうっとりする姿にも心が満たされる思いだった。


    「出来たてが一番良いらしいから、早くみんなにも食べてもらいたいね」
    「あっ、そうだった、早く骸さんに持っていかなきゃ」
    「ふふ、やっぱりクロームが一番にあげたいのは骸さんなんだね」
    「う、うん…」
    「今なら多分自分の部屋にいると思うから、持って行ってあげたら?」
    「うん!」


    余程出来が気に入ったのか、一刻でも早く彼に食べてもらいたいと座っていた椅子から急いで立ちあがったクロームに、 ケーキと共に用意してあった紅茶が乗ったトレーを渡してあげる。 気を付けて持って行ってねと一声掛けると、緊張した面持ちのクロームが両手でそれを持ち上げた。 厨房を出ていくその背を見送り、彼女に渡したものと全く同じものをもう一式用意する。 彼女が持っていったのは骸の分だが、これはクロームの分だ。 骸のことだ、恐らく自分の部屋を訪れたクロームから自分の分のケーキセットを受け取れば『君の分は無いんですか?せっかくですから一緒に食べられたら良かったのに』 といって彼女の頬を赤く染め上げるのだろう。 骸を大切に思うクロームにすれば、その彼から誘いがあれば喜んでそれを受け入れるし、そうしたいと思うだろう。 それならば自分はその手伝いをするだけだ。 クロームの分の用意を終え厨房を後にし骸の部屋をノックすると、 ドアの近くにいたのかすぐにクロームがドアを開けた。 の手元にあるトレーに乗ったケーキを見るなり『あっ』と声を漏らした彼女にが思わず笑みを零すと、 部屋の奥に立っていた骸が『さすが、全部お見通しですね』と微笑んだのが見える。 すべての予想通りの展開だったようだ。


    「これクロームの分、骸さんと一緒に美味しく食べてもらえたら嬉しいな」
    …ありがとう」


    トレーを受け取ったクロームが泣きそうな顔で嬉しそうに微笑む。 その笑顔を見届けてからが部屋を後にしようとすると、 クロームが『』と声を掛けて来る。


    「あっ、あのね、」
    「…うん?」
    「今度私がのためにケーキ焼いたら、食べてくれる?」


    『今日のお礼…』と小さく付けくわえたクロームにが言葉も無く驚いていると、 先程まで泣きそうなほど嬉しそうに微笑んでいたはずの顔が今度は不安げに自分を見つめていた。 可愛いなあ。同性なのに胸がきゅんとしてしまう。 骸が彼女を可愛がるのも心底頷けるとは思った。彼女は健気で律義でとても可愛らしかった。


    「もちろんだよ」
    「よかった、頑張るね!」
    「うん、楽しみにしてるね」


    そんなやり取りを交わしていると部屋の中から 『クロームそろそろいただいてもいいですか?』と骸の声が聞こえて、クロームがそちらを振り返る。 がまたねと彼女に手を振れば、 トレーを持っているせいでその手を振り返せない代わりに 『ありがとう』ともう一度呟いてから、クロームは部屋のドアを閉めた。


    「さて、次は誰のところに持っていこうかな」


    クロームが絶賛してくれた味だ。きっと他の皆も喜んでくれるに違いない。 屋敷の廊下を厨房に向かって歩きながら、はたまの休日の充実感に胸を躍らせたのだった。



    (20201008)



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