ちら、と視線を向ける先はいつも決まっていた。
そして今僕がいるこの場所、大きな食堂の中のこの席は、
彼女にとってあの席が定位置になっていることに対して、
僕にとっても定位置になっていた。
「アーレン、何見てるんさー?」
突然目の前に現れたかと思えばテーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろし、
僕を不思議そうに見つめてきたのはラビだった。
「何」を見ているのかと言われて、今ほどその答えに困る時はない。
自分の視線の先を辿られてしまえばすぐにその答えがわかる程に、対象物は明確だった。
「べ、別にちょっとぼんやりしてただけです、よ」
努めて平静を装ったつもりだったが、
変なところで力んでしまったのをラビが聞き逃すはずもなかった。
しまった、そう思って彼の顔に目をやれば、僕は自分の愚かさを恨む事になった。
「アレンってわっかりやすいよな〜」
ニヤニヤと口元を歪めながら何か企んでいるかのような顔をしたラビは、
明らかに今のこの状況を面白がっていた。
そして彼が先程までの僕の視線の先の正体に気付かないはずもなく、
彼はすぐに先程まで僕が見つめていた方へと視線を投げる。
それほど人が多くないこの時間帯の食堂でそんなことをしていたら、
その視線の先を辿ることなど、ラビでなくとも容易なことだった。
「、がどうかしたん?」
相変わらず人の悪い笑みを浮かべたラビは、僕にそう問い掛ける。
どうかした、わけじゃない。
どうもしない。
ただほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ。
彼女が、のことが気になっているだけだ。
それなのにラビという人は。
「別にどうもしないですよ」
「ふーん?どうもしないのに、にそんな熱い視線を送っちまうんだなアレンは」
「熱い視線って…そんなのじゃありません、ただのラビの勘違いです」
「別に隠すことじゃねーじゃん、なんで隠すんさ、照れんなって」
「照れてなんかいませんし、隠し事なんてしてません」
「ホント意地っ張りさねー、アレンちゃんは」
全てを見透かしているかのように得意げな表情を浮かべるラビは、
テーブルに頬杖をついて、彼女に視線を送り続けている。
「可愛いよなー」
「…」
「俺もちょっと狙ってんだけど、競争率高いんさ」
「…」
「だからうかうかしてっと誰かに取られるかもしんねーって、アレンも知ってるっしょ?」
そんなことは知っている。そんなことはラビに言われずともわかっていることだ。
容姿端麗で優しくて、気が利いて仕事ができて。
教団内ではリナリーと並ぶ人気の高さを誇るのがという人だった。
その上困ったことに、彼女は自分と同じエクソシストだというのにほとんど話したことがないのだ。
教団に来てまだ日の浅い僕は未だ彼女と同じ任務に就いたことが無い。
彼女の人柄は話しかけやすくはあるのだが、
いつも変な気持ちが混じって中々話し掛けられない上に、近付けずにいる。
変な気持ちとはもちろん言うまでもなく「気恥ずかしさ」と「照れ」であった。
もちろん教団内ですれ違えば挨拶もするけれど、
そんな機会も片手で足りる程度のことであって、まだほとんど彼女と顔を合わせたことがない。
偶然に遭遇できない、ということを言い訳にして僕は彼女に近付けずにいた。
「噂によるとユウも気があるんじゃねーかって話だぜ?」
「あの神田が、ですか」
「と話してるときのユウ、なんか雰囲気が違うとかで教団内では有名な話さ」
ラビは意外そうな顔でそう言った。僕だって同じことを思ってしまう。
「まあ、あくまで噂だからなー、ユウが本心を教えてくれるわけねーし実際のとこはわかんねーけど…あ、」
「?」
ラビの言葉に耳を傾けながら食事を続けていた僕は、
彼の驚いたような声に顔を上げた。
視界に入ったラビの顔は依然として彼女、がいる方へ向けられていて、
自然と僕もその視線の先を辿っていった。
目に入ったのは彼女と同じ黒い髪。
さっきまでそこにはなかった人物の姿が視界に映る。
彼はの向かいの席にいつもの蕎麦を手にして腰を落ち着けたのだ。
「あらら、噂はホントかもしんねーなー」
僕の視界に映る姿は二つ。
笑顔のの姿に加えて、僕には絶対に見せないような表情を浮かべているのは
紛れもなく先ほどまで噂していた神田で。
思わずスプーンを口に咥えたまま固まってしまった僕は、
「これはもしや、三角関係じゃね?」と面白がるラビの言葉が聴こえない程に、
目の前の光景が信じられずにいた。
リナリーに見せる表情なんてもんじゃない、そんな柔らかな表情をあのバ神田が浮かべていたからだ。
君を盗み見る
(まさか神田が、なんて余裕は一瞬にして消え去って、残ったのはまぎれもなく焦り、だった)
御題配布元様 :
狸華
(20110430)
(20210418)