アクマを破壊した後のアレンは、しばらく悪魔の残骸を見下ろし立ち尽くしていることが多い。
彼のそんな様子を気付きながらも少し離れた場所から見守る私は、
いつも彼に対して何も声を掛けられず、ただひたすらに彼を見つめることしかできなかった。
時に涙さえ見せる彼の心は想像しても想像しきれなくて、
何も言わない方がいいだろうと、いつもその結論に至るのである。
それは今日も同じだった。
「さあ、帰りましょうか」
彼の優しい声が聞こえ、はっと我に返れば、
いつの間にかいつも通りの優しい表情を浮かべたアレンが目の前に立っていた。
頬についた傷跡は、今の彼の笑顔とは不釣り合いだった。
痛々しい生傷が気の毒で、思わずそこへ手を伸ばす。
傷には触れないように気を付けながら手を近付ければ、
ピクと小さくアレンが反応した。
「アレン、怪我してる」
「あー…大丈夫ですよ、この程度の傷なら心配しないでください」
「でも血が出てるよ」
「何かの破片が当たってしまったみたいで、でも本当に大丈夫ですから」
痛そうな表情を微塵も見せないアレンは、
心配そうにする私に少し困った顔をしたけれど、
相変わらず優しい笑顔を浮かべていた。
いつも自分の弱い部分を見せようとはしないアレン。
でもそれとは裏腹に、
決して表情には見せないが、背中で泣いているようなそんな雰囲気を身に纏っている時がある。
その姿が痛々しくて可哀そうで何より心配で。
「?!」
衝動に駆られて思わずアレンを抱き締めれば、
驚いたアレンが一瞬にして慌て出す。
きっと顔を真っ赤にしているだろうけれど、
今はそんなことを気にしている場合ではない。
彼が、アレンがただ心配で。
彼の強がりの裏にあるだろう、本心を隠したその心がとても心配だった。
「アレンはどうしてエクソシストになったの?」
慌てて私を引きはがそうとしていたアレンが、
その言葉を聞いて動きを止める。
アレンを見やれば呆気にとられたような驚いた顔をしていた。
構わず言葉を続ける。
「やっぱりアクマになってしまった人を救いたいから?」
「えっと…あの…、はい」
少しばかりの身長差にアレンは私を見下ろしながらそう答えた。
アレンにとってはきっとアクマを救うことが一番で、
そのためなら自分がどんな目に遭おうとも構わないのだろう。
確かに私達はアクマを止めること、救うことを目的としているけれど、
アレンの場合は救うことに重点を置き過ぎているがために、
自分を犠牲にしてしまう部分があるのだ。
彼はそれで満足かもしれない。
けれどそんな彼の身を案じている人がいることも、ちゃんと知っていて欲しい。
「アレンの気持ちもわかるけど、でもだからって…無理ばかりされると困るんだけど」
「む、無理なんてしてませんよ、僕はただ―――」
「じゃあどうして無理して笑うの」
返答に詰まったアレンが口を噤む。
アレンの笑顔は好きだけど辛さを我慢して無理矢理作った笑顔なんて見たくない。
無理して笑う必要なんてないのに、
強がる必要だって少しもないのに、アレンは一人で頑張り過ぎている。
私だけじゃなく、
きっと人一倍仲間想いのリナリーも同じことを思っているに違いない。
彼女だけでなく、教団の仲間達皆が彼を心配していることも自覚してほしいのだ。
「無理、しないでね」
そう言い終えてから、自分の声が震えてしまっていることに気が付いた。
アレンもその事に気が付いたに違いない。
一瞬とても驚いた顔をして、でもすぐに悲しそうな顔をして。
それでも弱々しい笑顔で彼は精一杯微笑んだ。
「…はい」
自分を殺して他人を救う
御題配布元様 :
狸華
(20080822)
(20210418)修正