「殺せばいいでしょう?」
彼を睨みつけて平然とそう言えば、
眉を寄せたアレンに悲しそうな瞳で見つめ返される。
同情なんていらない、して欲しくなんてないのに、そんな目で私を見ないで欲しい。
彼のそんな視線が嫌で、せめてもの抵抗としてふいと顔を逸らした。
それでもアレンの視線は鋭く私に突き刺さる。
その視線に耐え切れなくて思わず硬く目を瞑った。
「そんなことできません」
予想していたはずの言葉なのに思わず胸がチクリと痛む。
殺して欲しいと願おうとも、簡単にそうしてくれる彼ではない。
救えるものなら例え敵の命であろうとも救おうとするのがアレンだ。
わかっていた。
でもだからといって私がこの世で生きていく道はもう無い。
ならばせめて好きだった人に自分の命を絶って欲しいと願うのは罪なことだろうか。
「僕にはできません」
「っ…、なんで、」
「そんなこと、する必要なんてないからです」
アレンの言葉にカッと胸が熱くなる。
頭に血が上った。
アレンに私の何がわかるのだ。
教団を裏切って伯爵側についた私の何がわかるというのだ。
私とて好きでその道を選んだわけじゃない。
でもそうするしかなかった。
生きてアレンにもう一度会うためにはそうするしかなかった。
私の想いも知らないくせに、
私のことなんて何もわからないくせに、偉そうなこと言わないで。
「アレンに何がわかるの!?私は死にたいの、もうこんな世界にいたくないの!」
「がそれで良くても、僕は良くないんです!どうしてわかってくれないんですか?!」
「わかってくれないのはアレンの方でしょ?!」
「な…、」
「私の気持ちも知らないくせに偉そうなことばっかり言わないでよ!」
噛みつくようにそう言えば、アレンは再び悲しそうな表情を浮かべて唇を噛んだ。
どうしてそんな顔するの、同情なんていらない、そんな顔見たくない、
そんな顔して欲しくない。
本当は生きたかった。死にたくなんてない、もっと生きたかった。
でもね、もう居場所がないの、どこにも。
教団には帰れないし、伯爵のところにも戻りたくない。
例え伯爵から逃げても、生きている間は逃げ切れないのだ。
それならば一層のこと死んだ方が楽になれる、たとえ生きたいと願っていたとしても。
今まで何度も繰り返した葛藤や怒り、悲しみが蘇ってきて、
思わず滲みそうになる涙を何とか堪えていると震える声でアレンが口を開く。
「僕が…、僕がを殺せないのは、今でもあなたを仲間だと思っているからです」
「だからもう、私は…」
「でも!でも本当は、それだけじゃないんです…っ!」
その言葉に俯いていた顔を上げてアレンを見つめれば、
彼の苦しそうな表情が私を捉えた。
「僕が貴女を殺せないのは貴女が好きだからなんですよ、!」
「…っ!、」
「わかってくれないのは貴女の方でしょう?!僕の気持ちも知らないくせに、貴女を殺せなんて勝手過ぎます!」
「そんなの嘘…」
「嘘なんかじゃない、です」
アレンが足を踏み出して私に近付いてくる。
思わずジリジリと後退りする私の抵抗も虚しく、
彼はあっという間に目の前に立った。
彼の顔を直視できずに俯いていると、彼の手が頬に触れて、直にその温かさが伝わってくる。
彼の手に顔を持ち上げられ互いの視線が絡む。
頬に触れた彼の体温と伝わってくる視線の熱量に思わず涙が零れた。
「アレ、ン」
「好きなんです、貴女が」
滲んだ自分の視界に泣きそうなほどに切なそうな表情をしたアレンが映る。
好き、私もアレンが好き。
震える唇で何とかそう口にすれば、一瞬驚いたような表情を浮かべたアレンがそっと微笑んだ。
彼の笑顔が好きだった。
優しくて温かい、そんな笑顔が。
でもね、アレン。だからこそ貴女に。
「好きだからこそ、アレンに殺して欲しいの」
アレンの表情が絶望の色に支配される。
ありがとうアレン、今までありがとう。
貴女が好きでした、本当に。
でももう生きていく自信がない。
例え貴女の傍に戻れたとしても、胸を張って生きていく自信がないのだ。
だから早く、一刻も早く楽になりたいと願ってしまう。
アレンの力で楽になりたい。
ねえ、わかってくれるでしょう?
終焉を幕引くのは道化のその指で
御題配布元様 :
狸華
(20080811)
(20210418)修正