「アレーン!」


自分の名を呼ぶ声が聞こえてハッと顔を上げれば、 こちらに向かって手を振っているが目に映った。 ぶんぶんと大きく手を振って、嬉しそうな笑顔を僕に向けている。 思わずこちらまで大きく笑みを返してしまうような彼女の笑顔が眩しすぎて、僕は思わず目を細めた。


「アレンも靴脱いでこっちに来たらー?気持ち良いよー!」


彼女の位置からは少し離れた浜辺をのんびりと散歩していた僕に向かって、がそう叫ぶ。 任務帰りに通りかかった海。 少し寄ってもいいかと尋ねてきたの瞳は輝いていて、 最初から断る気なんてなかったけれど、いいですよと僕が笑顔を返せば、 は心底嬉しそうに微笑んだ。 それが今から一時間程度前のことである。

「わかりましたー!僕も今行きまーす!」


彼女と同じように大きな声でそう告げてから、 了解の意を込めて片手を大きく振る。 すると彼女は満足そうに僕に向かって大きく手を振り返した。 彼女のそんな様子を見届けてから、足元を覆っている暑苦しいブーツを脱ぎ棄てる。 同じように上着も脱いでから、団服の裾を膝まで捲くりあげた。 そして足の裏から直接、砂浜の感触を味わう。 さらさらしたそれは足裏を優しく擽った。 その心地良さを感じながら、僕はの元へと走り出す。 近くまで寄って行けば僕の気配に気づいたが嬉しそうに振り返った。


「ほら、アレンも!早く早く!」


彼女にそう促されて僕も一歩一歩、海の中へと近付いていく。 自分で踏み入れるより先に、打ち寄せた波によって足元が水に浸された。 砂を踏んだ時よりも更なる心地良さが指先から全身へと伝わっていく感覚。 ああ、気持ち良い。 引いた波によって足元から心地良さが消え去っていくのを感じて我に返れば、 近くにいたが僕を見つめて微笑んでいた。


「ね?気持ち良いでしょ?」
「ええ、任務疲れも抜けるような心地良さです」


僕の言葉を聞いて満足そうに微笑むに、同じように僕も微笑み返す。 と、突然、何かを思いついたようにが二ヤリと口元を歪ませた。 『なんですか?』と僕が問うよりも、彼女が行動に出る方が早かった。


「うわ、っ!」


が掬い上げた水が、軽く僕の顔を濡らした。 突然のことに驚いて飛び退いた僕を、可笑しそうにが笑う。 なるほど、一瞬ニヤついたのは、こうすることを思いついたからか。 腕で顔を拭いながら恨めしい顔で彼女を見つめれば、『ごめんごめーん』なんて 少しも謝罪の気持ちが込められていないわざとらしい言葉が返ってきた。 やってくれますね、そう心の中で嘆きながら髪についた水滴を振り払う。 僕にこんなことしてただで済むと思ってるんですか、。 僕に水を掛けるという悪戯な目的を成し遂げた達成感の所為か、 少し油断しているに対して僕も行動に出る。


「わ!ちょっと!」


先程自分がされたのと同じことを仕返しすれば、 叫び声を上げて彼女が抗議する。 僕はその声を無視して、彼女に向かって水を掛け続ける。 抗議しながらも楽しそうな彼女に僕も悪戯心が膨らんで、 水を掛けることを止められなくなってしまった。 傍から見たらいちゃついているカップルに見えるかもしれないのかな、 なんてふとそんなことを考えていると、 からまた仕返しで水を掛けられてしまった。


「ちょ、不意打ちなんて卑怯ですよ」
「アレンだってそうだったでしょ?お互い様です〜」


そんな会話を交わしてから、お互い視線を合わせて笑い合う。 気持ち良さそうに大きく伸びをしてから『あー、やっぱり海に寄って良かったなあ』、 そう呟いたに『僕も同感です』と言葉を返し、目の前に広がる海を見つめた。 深い蒼がどこまでも広がっている。 見上げた空の色は海よりずっと淡かったけれど、 気持ちの良いその青は、 心の奥まで爽やかな気分にさせてくれるようなそんな色だった。 僕は思わずその眩しさに目を細める。


「なんだか帰りたく無くなっちゃいましたね」
「賛成、ずっと此処にいたいぐらいかも」


名残惜しさを残しながらもこの場を去ろうとする僕らを慰めるように、 気持ち良い風が一つ、僕らの間を吹き抜けた。


吹き抜ける風、青空は広がる。


御題配布元 / 美しい猫が終焉を告げる、
(20080706)
(20210418)修正

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