「アレン、さっきから何食べてるの?」


先程から自分の鼻腔をくすぐる甘い香りが気になり、 その原因であろうアレンにそう尋ねれば、彼はとても嬉しそうな表情を浮かべていた。 彼が口をもごもごさせていたのは汽車に乗った時からもうずっとだったので、 きっとその正体はキャンディか何かだろう。


「キャラメルですよ」


私からの問いにアレンは幸せそうにそう答えた。 言われてみれば確かにこれはキャラメルの香りだ。 それにしてもアレンは何故そんなにも嬉しそうなんだろう。 そう不思議に思ってからハッと気が付いた。 そう言えばアレンは甘党だ。だからか。 思わずこちらまで嬉しくなってしまうような彼の幸せそうな笑顔を見て、 素直に可愛いなあと思った。 本人に言ったら怒るだろうから口には出せないけれど。


「おいしい?」
「はい、とても」
「あはは、聞くまでもなく、幸せそうな顔してるもんね」


笑いが堪え切れずにいると、アレンは少し頬を染めながら『いやだな、僕そんな顔してました?』と苦笑した。


「そんなにキャラメルが好きなの?」
「特別好きってわけじゃないんですけど、さっき売店で見付けてつい買っちゃったんです」
「さっき?」
「ええ、駅の売店に売ってたんです」


さっきと言われて思い起こせば私がお手洗いから帰ってきた時、 アレンは売店で何かを買っていた。 食事は宿で済ませてきたはずなのに、一体何を買っているのだろうと思っていたのだ。 なるほど、そういうことだったのか。 一人納得していると、アレンが突然『あ!』と叫んだ。 驚いて思わず肩を揺らせば『そうだ、忘れるとこでした』と苦笑しながら、 アレンは自分の団服のポケットに手を入れた。 それを引き上げた時、彼の手が掴んでいたのは小さな包みだった。


「すみません忘れてました、ちゃんとの分も買ってきたんですよ」
「え、私のも?」
「はい、僕が自分の分だけしか買わないはずないでしょう?」
「ふふ、そうだね、ありがとう」
「どういたしまして。はい、どうぞ」


何かを買うときはいつもちゃんと他人の分も用意してくれる。 彼は本当に優しい人だと思わずにはいられない。 アレンのその優しさに思わず頬が緩むと、 同じようにアレンも微笑み、二人で笑い合う。 それから私は差し出された包みを受け取ろうと彼の方に手を伸ばした。


「あ、そうだ」
「へ?」


差し出されていた包みが突然引っ込められて、思わず私は間抜けな声を出してしまった。 するとアレンは私に買ってきてくれたはずのキャラメルの包みを開け始め、 その中の一つをぽいと自分の口に放り込む。 それから呆気にとられている私を前に大きく微笑んだ。


「アレン?」


私にくれるのではなかったんだろうか。 訳がわからず首を傾げていると、アレンは満面の笑みを浮かべたままとんでもないことを口にした。


「気が変わりました。僕にキスしてくれたら貴女にもあげますよ」


目を瞬かせる私に構わず、アレンは『ほら、も食べたいでしょう?だったら早くして下さい』 と急かす。 確かに食べたいけれど、だからといって何でこんなところでキスしなきゃならないの…?! 赤面する私を前にアレンはまるで私の心中を察したかのように口を開いた。


「だって今までの方からキスしてくれたことが無いでしょう?」
「だ…っ、だからって何で今しなきゃいけないの…?!」
「僕がして欲しいからです」


いけしゃあしゃあと恥ずかしい言葉を口にするアレンに、頬の赤みが増していく。 それでもアレンは『ほら、早くしてください。キャラメルが無くなっちゃいますよ』と言ってキスを求めてくる。 ちょ、ちょっと待って。 キャラメルが無くなっちゃいますよ、ってもしかして口移しでくれるってこと…?! 絶対そうだ…そうに違いない。 もちろん私はアレンのその要求を受け入れるつもりはなくて、 赤くなった頬を隠すよう顔を背けた。 すると次の瞬間、ぐいと手首を引っ張られる。 バランスを失った体は引かれた方に倒れ込み、見上げた先にはアレンの顔。


、」


目が合うなり名を呼ばれて、近すぎる距離に耐えられず目を逸らす。 それでも頭の後ろに回されたアレンの手からは逃れられなかった。 どれほど抵抗しても結局はこうなってしまうのだ。 今まで忘れていたけれど最初からアレンに敵うはずなんてなかった。





再び呼ばれた名に一つ溜め息をついてから、私は観念してアレンとの距離を縮めていった。


キャラメル・ラヴ・レッスン


御題配布元 / 美しい猫が終焉を告げる、
(20080429)
(20210418)修正

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