Ep.04
Ep.04
あの日から数日、はディーノを避けるように過ごしていた。 例の御令嬢との気まずい顔合わせの後から、もう何日も経ってしまっている。 もうお役御免であるはずの自分が、何故未だにキャバッローネ邸に置いてもらっているのか、はわからずにいた。 なぜ自分は未だにここにいるのだろうか、
そもそも自分は一体、いつまでここにいてもいいのだろうか。
もう用済みだと、いつでもこの屋敷から追い出されてもいいぐらいなのに、 あの騒動があってからもまるで何も無かったかのような、前と同じ平穏な日々が戻ってきていた。 唯一前と違うのは、もう何日もディーノの顔を見ていないということだけだった。
足の痛みは大分落ち着きつつあった。
心配だからとロマーリオが用意してくれた松葉杖は、ありがたく使わせてもらっていた。 彼の言う通り、自分の足だけで歩こうとすると、どうしても片足を引きずる形になってしまう。つまり歩くペースが落ちるのだ。 松葉杖があるおかげでそれは十分補助されていた。 きっとそれがなければ傷が癒えるまで、自分の部屋に籠りきりになってしまっていただろう。 そんなことを思いながらが姿を表したのは、屋敷の正面にある花壇だった。 管理は屋敷の使用人がしている場所だが、も時々それを手伝っていた。 松葉杖を近場に立て掛け、その場に屈み込んだは、じっと花を見つめた。 キャバッローネ邸に来てからというもの、良くも悪くも本当にいろいろなことがあり過ぎた。 もちろんディーノからの提案を思い切って受けた時、こうなることはある程度は覚悟はしていた。 その相手の女性と自分が揉めるであろうことも。 自分がその相手に何か嫌なことを言われるかもしれないということも、予想はしていたのだ。 だからこそ、例え自分にとって嬉しくはない何かを言われたところで、ただ単に聞き流しておけばいいだけであって、別に気にするつもりもなかった。 元々そういったことを気にする性格でもないつもりでいた。 それが実際にはそうではなかったことを、最近のは身に染みて感じていた。
「近くにいたら絶対にこうなるって、辛くなるだけだってわかってたはずなのになあ…」
自分が誰かに悪く言われようとも、気にするつもりはなかったはずなのに、あの日あの相手の女性に散々罵られ、惨めさを感じてしまったのは、全てディーノの存在のせいだった。 きっと彼に恋愛感情さえ抱くことがなければ、こうはなっていなかったはずだ。 昔と同じ純粋な気持ちで彼の前に立ち続けることが出来ていたならば、どんなに楽だっただろうか。 ディーノに対する気持ちを本当に単なる憧れで終わらせておくことが出来ていたならば、今回も最後まで冷静な気持ちで、そして客観的な立場で、自分に与えられた偽の婚約者という任務をこなせていたに違いない。 きっとこんな風に悩むことも、例のあの日に感じた、あんな惨めな気持ちなることもなかっただろう。
「どうしたいかわかっていても、実際はそう上手くはいかないんだよね…」
あの晩、ディーノに告白されたことは予想外だった。 未だに夢だとしか思えない。 本当はどうしようもなく嬉しかったのに、 喜びと同時に罪悪感もあった。 彼に似つかわしくない自分が、彼に選ばれることへの恐怖もあった。 そう、怖気づいたのだ。 彼から伸ばされた手を素直に取ればよかったのに、出来なかった。 引け目を感じていた。 本当は彼のことが好きだった。 憧れ以上の強い気持ちを隠す手段など、もう無いに等しかった。
「はあぁぁぁぁ」
答えが出たらため息も出た。恋愛には久しく距離を置いていたせいで、昔のように自分の気持ちにただただ正直になることが難しかった。 相手から自分と同じだけのそれが返ってこなくとも、相手に好意を伝えられるだけでも幸せだった若い頃とは違う。 今となっては、それを伝えれば逆にいろいろなことが不都合になる気がしてならなかった。
「様?」
花壇の前に屈み込んだまま悶々と頭を抱えるに声を掛けたのは、彼女お付きの使用人だった。がキャバッローネの屋敷に初めて来たあの日から、世話になっているまだ若い使用人である。
「こんなところでどうされたのですか?」
「あ、、、えっと、その…、少し外の空気が吸いたくて」
がそう言ってゆっくりと立ち上がれば、 使用人の彼女は痛めたの足を庇うようにして、そっとを支えた。
「お気持ちはお察ししますが、まだ怪我が治らないうちはあまり歩き回らない方が良いのでは…?」
「そ、そうですよね…ごめんなさい」
「い、いえ、謝っていただきたいわけではなく、私が心配なだけで…!」
が素直に謝ると使用人は慌てた様にそう言った。 は一瞬呆気にとられた。 使用人の彼女とはいい関係を築けているとは思っていたものの、 そこまで自分を気遣ってくれているとは思ってもみなかったからだ。 胸を打たれたは、使用人の彼女の優しさについ口角を緩めた。
「ふふ、心配おかけしてごめんなさい、お気遣いありがとうございます」
「いっ、いえ!」
「ちょっとここのお花が見たくなってしまって」
「お花?お花なら皆様が様のお見舞いにと用意された物がお部屋にあるのでは?」
使用人の彼女が言うとおり、の部屋は今、花畑と化している。 が怪我をした翌日、話を聞いたディーノの部下たちが彼女を心配し、こぞっての部屋に見舞いの品を持ってきた。大半が街の花屋で用立ててきた綺麗な花で、高そうな菓子もあったが、内容はともかく、はそのことに心の底から驚いてしまった。 よそ者の自分がここまでキャバッローネの人間に気に掛けられているという事実に、驚かざるを得なかった。 そして使用人たちも、挙っての世話を焼きたがった。 恐らくディーノ以外の全ての人間が、の部屋までその見舞いに来た。 そのことにはただただ驚くばかりだった。 その事実は、あの日以来、傷心中のの心には大き過ぎる癒しだった。 感激のあまり思わずぽろりと涙を零せば、そんなに足が痛むのかと、より皆に心配された。
「皆様からのお花がお気に召さないようであれば、ここの花壇のお花をお部屋にお持ちしましょうか?」
「ち、違うんです…!そうではなくて、」
「?」
不思議そうに首を傾げる使用人の彼女をよそに、の頭の中は自分の家、ボンゴレの仲間達のことでいっぱいだった。付き合いが長いせいか、自分にとって、守護者の人間たちはもう家族同然の存在だった。 一般的な仕事仲間以上の強い絆があった。 キャバッローネにとって自分はよそ者のはずなのに、まるで仲間の様に受け入れられていることを知ったとき、は喜びとともに戸惑いも感じていた。 ここは自分の家、ボンゴレファミリーの屋敷では無い。 それなのに、さも当たり前のように自分が彼らに受け入れられている事実は、を混乱させた。
は自分が傷付いたとき、ボンゴレの仲間たちの顔を見ればいつだって元気になれた。 慰めてくれる者もいれば、あえて厳しい意見をくれる者もいる。 そんな温かい自分のファミリーが大好きだった。 共に泣き、共に笑って過ごして来た大切な仲間たち。 そんな彼らの顔を見れば、いつだって自分は幸せになれる。 彼らの前ならば、自分はいつだって自分らしくいられる。 そんな自分を、彼らはいつも受け入れてくれる。 はそのことを思い出した時、キャバッローネ邸で自分が管理している花壇を、つい見たくなってしまった。 にとっては、庭仕事をしているときだけが唯一、マフィア界という物騒な世界で生きる中で、平凡で、一般人らしくいられる時間だったからだ。 自然や草花はいつだって、を穏やかな気持ちにさせてくれる。 はそれらに触れていると、本当の自分を思い出すのだった。
問題はキャバッローネ邸の花壇を、ボンゴレのそれと重ねて見てしまっていることにあった。 私の居場所は、いるべき場所は、一体どこなのだろうか。
「…ごめんなさい、もう部屋に戻りますね」
部屋まで付き添うと言ってくれた使用人に断りを入れ、正面玄関までが向かおうとしたその時だった。屋敷の正門から勢いよく高級車がこちらに向かって走ってくる。 と使用人が立ち尽くす場所の近くまで走ってきたかと思うと、その車は突然停止した。颯爽と車から降りて来た人間の姿を見て、は思わず眉を寄せた。
(2023.09.25)
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