自分の向かいに座る彼女を見つめ本人には気付かれることのないように、アレンは小さく息を吐いた。 がたんと揺れる列車の一室に二人はいる。 そこにいるのは先程から彼女を見つめているアレンと、 そのアレンに見つめられている探索部隊のだった。 いつもなら部屋の外で待機しているはずの探索部隊の人間がアレンの前に座っているのには理由があった。 理由といってもそれは別に大したことではなく、 長い移動時間を一人で過ごすのは退屈だからと、アレンがを中に招き入れただけのことだった。 もちろん最初はアレンのその誘いをは断っていたのだが、どうしてもとアレンに頼まれてしまい、渋々彼の向かいに腰を下ろしたのである。がアレンの誘いを断ったのは、 彼女が探索部隊であり、エクソシストのアレンと同等の立場ではないがゆえのことだったのだが、 実は他にももう一つ理由があった。 その別の理由とやらを彼女はアレン本人には気付かれていないと思っていたが、 本当は彼はそれに気付いていた。 だからこそいつもなら彼女が部屋の外に立っていようと、アレンが彼女に必要以上に声を掛けることもなかったが、 今日ばかりは違う行動に出た。 普段からが必要以上には自分に近付かないようにしていることをアレンは知っていた。 その上、今日に至っては、これまで以上に彼女が自分を避けていることは嫌でも感じていた。 そしてきっとその理由は、今回の任務で自分が負った傷にあるのだろうとアレンは薄々感じていた。 何故なら部屋に引き入れたは先程から一度もアレンを見ようとせず、口も開かないのだ。 フードを被ったまま、ただひたすらに俯いている。 そんな彼女の様子にアレンは小さく苦笑いを零した。


「…まだ、酷く痛みますか?」


さてどうしたものかとアレンが考えあぐねていると不意に聞こえてきた声に、彼は驚いて目を見開く。 聞こえた声は間違いなくずっと黙り込んでいたはずののものだったが、相変わらず彼女は顔を上げることもなく、俯いたままだった。


「いえ、もうそんなには…こんな怪我ならしょっちゅうですし、全然気になりませんよ」


アレンが微笑みながら彼女にそう返せば、は俯いたまま自分の膝の拳を握り締めた。 そこには僅かながら震えが見える。アレンは小さく息をついた。


「そんなに気にしないで下さい、本当に大したことないんですから」


アレンがそう言えば、は勢い良く顔を上げてアレンの顔を見つめた。 当のアレンは突然の出来事に呆気に取られ、キョトンとしている。


「…ごめん、なさい」


今にも泣き出しそうな表情でにそう言われ、アレンは思わず眉尻を下げた。 AKUMAとの戦闘中、自分が少し気を抜いた瞬間にはAKUMAの標的にされてしまい危うく攻撃されそうになったのだ。 その事態に気が付くのが遅れてしまい、彼女を守ろうとしたものの、攻撃を防ぎ切れなかった代償が傷としてアレンの腕に残った。 大して大きな怪我ではないのだが、怪我をしたことに変わりは無いのは紛れもない事実で、はそれを自分の所為だと深く責任を感じているらしかった。 だからこそ部屋の中へどうぞと声を掛けた時も彼女はそれを受け入れるのを躊躇ったのだと、 アレンはそう思っていた。


「そんなに謝らないで、貴女を守るのだって僕の仕事ですから」


同情でもなんでもなかった。純粋に普段から自分が思っていることをアレンは口にしたつもりだった。 それでもはアレンの言葉に大きくと反応し、突然顔を背けた。


「探索部隊の皆さんにはいつもいろいろとサポートして頂いてるんですから、この程度―――」
「同情ですか?」


思いがけない言葉が耳に入ってきて、アレンは思わず耳を疑いを見つめた。彼女は唇を噛み締めて泣きそうな顔をしていた。 その言葉を否定しようと、アレンは慌てて再度口を開く。


「違います!そんなつもりで言ったんじゃ―――」
「本当はウォーカーさんだって、そう思ってるんでしょう?!」


背けていた顔をアレンに向けて、はアレンの言葉を遮った。今度は確実に瞳を潤ませているの瞳の気迫にアレンは言葉を飲み込むしかなかった。


「本当は…!本当は私だって、エクソシストになりたかった…!守られるだけなんて嫌なんです! でも私たちは弱いから…弱いから貴方達に守られるしかない…この辛さが貴方達になんてわかるわけない…っ!」


そこまで言い終えて、は再び唇を噛み締めて俯いた。隠しきれなかった一筋の涙が、彼女の頬を伝っている。 ああ、もしかしてこの人も聞いていたのかな。 探索部隊の面々に向かって『お前らはハズレ者だ』と言い放った、神田の言葉を。 全くあの人の所為で少なからず人が傷ついているというのに、 彼はどうしてあんなにも無神経な言葉が言えるのだろうか。 アレンはその時のことを思い出し怒りを感じながらも、自分の前でエクソシストには敵わないと思っている探索部隊の彼女が、 その悔しさに耐えているのを見つめていた。


「僕は今までそんなこと、一度も思ったことはありませんよ」


神田の言葉を思い出し少し高ぶった感情を努めて静めながら、アレンは口を開いた。 自分の思いのままを好き放題口にしたは、思いの丈をアレンにぶちまけてしまった後々、それを気まずく思っていた。 それでもアレンの言葉に顔を上げれば、そこには優しい笑顔があって。


「僕らは皆助け合って生きているんです、そう思いませんか?」


滲んだ涙を拭う様にアレンの指がの目元に伸びた。


「っ……ごめんなさい」


彼女の不安を取り除くようなアレンの笑顔と優しい言葉、指の温もりにはもう一筋涙を零す。そしてもう一度、ごめんなさい、そう呟いた。


同情なんてとんでもない


(20080220)
(20210418)修正

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