※『新着メール、溜息一つ』の続き




「お前って見かけによらず、野獣だったんだな」


どうやら馬鹿にしているわけでも蔑んでいるわけでもないようだった。 よく見る至っていつも通りの顔だったが、 とにかく驚きだけは隠せないといった表情で、 先程から首を垂れている僕に向かって太一さんはそう言った。


「はあ、返す言葉もありません」
「少しは否定しろよ」


呆れた表情で太一さんが手元のコーラを啜る。 あの日以来、さんには会えていない。 あの後、ベッドに潜り込み真っ赤になって口を噤んださんを、 不本意だが力ずくで縫い留め、全てを吐かせた。 終始頬を染めたままさんは事の顛末を話してくれ、 自分から聞いたは良いものの、話の先を聞けば聞くほどそれを聞いた自分も 恥ずかしさと申し訳ない気持ちで居た堪れなくなってしまい、両手で顔を覆った。 そのあとはとにかく彼女に向かって謝ることしか出来ず、手早く身支度を整えたさんが 「もうしばらくはそういうことはしないからね!!!」 と叫んで僕の部屋を出て言って以来、毎日のようにメールを送っているが返信はなく、 電話を掛けても繋がらなかった。 時が解決してくれるとはよく言ったものだが、 それまで待っていたら今の関係が自然消滅してしまいそうだった。 あの日以来本当に嫌われてしまったのか、はたまた恥ずかしくて僕と顔を合わせたくないのか判断出来兼ねてしまい、 友人にアドバイスを求めることにした。 とは言えまだ付き合いの浅い大学の友人達に相談するには気恥しく、 こんな時にはいつもお世話になる古くからの友人に助けを求めることにしたのだ。 太一さんの大学の近くで待ち合わせをし全てのいきさつを話せば、 太一さんもさんと同じようにとにかく驚いたらしい。 それは僕自身だってまさか自分がその類の男だとは知らなかったし、 未だに信じられない上に信じたくもなかった。


「でもよ、全然記憶がないって言っても少しぐらいは覚えてることあるんじゃねえの?」
「あー…まあ、すごく良かったことは覚えてるんですが…」
「……」
「太一さん?聞こえてます?」
「…お前なあ、悩み相談しに来たのか惚気話を聞かせに来たのかどっちなんだよ」


『悩みがあるっていうから聞きに来たのになんなんだよ光子郎〜!結局惚気かよ〜!』と ぼやきながら溜息を吐いて頭を抱え始めた太一さんに、僕は何か余計なことを言ってしまったかと思ったが、 自分自身では惚気たつもりはまるでなかった。 事実を言ったまでだ、それが惚気になるとは気が付かなかったけれど。 改めて指摘されてしまうと少し恥ずかしくなった。 すみませんと素直に謝るとやれやれと言ったように太一さんが苦笑いする。 それから急に僕をじっと見つめて、今度は何かを懐かしむ様な、そんな目をした。


「な、なんですか…?」
「いやな、俺よりちっさくて純真無垢で、人嫌いでコンピュータにしか興味が無かったあの光子郎が」
「はあ、」
「そこらへんにいるような男達と同じ欲求を持った普通の男に成長して、お兄ちゃんは嬉しいような寂しいようなだなと思ってよ」
「誰がお兄ちゃんですか」


一刀両断に切り捨てれば『光子郎ひどい!』とわざとらしく傷ついた振りをする。 なんだこの茶番は。 まるで一人芝居を始めるが如く、 過去を懐かしむような表情で遠くを見つめ、何度か頷いている太一さんの様子を冷めた目で見守りながら、 僕は自分のアイスコーヒーに口を付ける。 ノンシュガーを頼んだはいいものの、今の自分の心情にはあまりにも刺激が強過ぎたようだ。 自分の情けなさに今にも涙が出そうだった。


「でもお前マジで気を付けた方がいいかもな、酒乱の疑いがあるぞ」
「う…それは、わかってますよ」
「今回は何も無かったから良かったけど以外にそんなことしてみろ、お前確実に振られるからな」
「…肝に銘じておきます」
「しかも実際にに泣かれたんだろ?光子郎は泥酔したら誰にでもそうなるんじゃないかって」
「な、何で知ってるんですか」
に電話で泣き付かれたんだよ、すげえ落ち込んでたぞ」
「ぐ……」


太一さんはさんと同い年で、更には昔から仲が良くて、付き合いも僕より長い。 2人が仲良く話している姿を見ると時々胸が裂かれるような思いがする時もある。 なのにまさかこんなことまで太一さんに話しているとは…また妬けてしまう。 軽く唇を噛んで太一さんを見据える。


「なんだよ、その目は」
「いくら泥酔してたとは言え、誰これ構わずそんなことしないのに」
「どうだかなあ?」
さんだから、彼女だから、したいって思ったはずなのに」
「…ふーん?」
「記憶は確かに無いですけど、部屋に入ったらさんの匂いがしてほっとして、それで胸が熱くなった覚えはあるんです」
「……」
「それなのに」


実は僕って信用されてなかったんですね、 そう続けて溜め息をつきながら天を仰いだ光子郎を、 先程とは打って変わった真剣な表情になった太一がじっと見つめた。


「光子郎、お前さあ」
「…はい」
「それちゃんとに言ったのかよ」
「えっ」
「誰にでもじゃなくて、だからそう言う気分になるんだってちゃんと伝えたのか?」


その言葉に心臓を強く突かれたような思いがした。 相手に伝えるべき大切なことなのではないかと思ったけれど、 タイミングを逃してしまったがゆえに伝えられずにいたこと。


「いえ、言おうとはしたんですけど謝るのが精一杯で言えてなくて」
「なら言わなきゃダメだろ」
「…でも、まだ怒ってるかもしれませんし」
「言って仲直りして来い」
「ちゃんと伝えたら…許してもらえるでしょうか」
「まあ許してもらえるっていうか、お前が好きでも無いやつとそういうことできるやつじゃないってアイツもわかってるだろ」
「…そうですかね」
「ああ、だから怒ってるっていうよりかは、お前の新しい一面を見て照れてるんだろうな、まさか野獣だったとはって」


からかうように野獣という単語を繰り返し口にした太一さんは、 俺みたいにあいつもびっくりしただけだよ!と歯を見せて笑った。 僕は許してもらえる自信がないけれど、太一さんがそう言うのなら…そうなのかもしれない。


「そう言えば、ここのケーキ好きだったろ?たくさん買って今から仲直りしに行って来いよ」


頑張れ光子郎!そう言って太一さんはまた笑う。 やはりこの人は昔から変わらない。 僕は変わってしまって、他の仲間たちだって変わってしまった人も多いのに、 この人の太一さんの明るさは今も変わらない。 自分一人では自信が持てないことでも、 彼が大丈夫だと言うのなら僕にでも出来るのではないか、そう思わせてくれる。 太一さんはいつも僕に自信をくれるのだ。事実、今日もまた彼の励ましで心が軽くなっていた。


「と言うか太一さん、何でここのケーキがさんの好物だって知ってるんですか」
「おいおい、俺とアイツが何年の付き合いだと思ってんだよ、知ってるだろ、お前よりなげえんだぞ」
「……」
「はいはい、怒らない怒らない」
「…怒ってません、妬いてるだけです」


てっきり否定されると思っていた。 からかうつもりで言葉を掛けたのに、自分の言葉に予想外にも あからさまに悔しそうに眉を顰めた光子郎のその表情を見て、 太一は本当に光子郎は変わったんだなと痛感した。 昔は自分の感情を表に出すことの少なかった彼が、 今ではこんなにもわかりやすく負の感情すらも顔に出し、 更には自分に嫉妬しているとはっきり伝えてくるとは。 もしも2人が上手く仲直りできなかった場合には、 今日のことをに知らせてやるべきだなと思いながら、 自分の弟分の成長を微笑ましく思い、太一はまた一つ笑みを零した。


「ちょっと太一さん…なに笑ってるんですか」
「何でもねえよ、ったくお前は妬いてる暇があるんだったら、とっととと仲直りしろよ、いいな?」


ミスティローズの焦燥
(光子郎!ついでに俺にもあのケーキ買ってくれ!)(…今日だけですよ)


御題配布元 : 誰花
(20201003)

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