「あら、何してるの?」


不意に後ろから声をかけられて、手元にあったそれを必死に隠しながらぎこちなく振り向く。 そこには小首を傾げた空がいて挙動不審に近い私の様子を不思議そうに見つめていた。 シンプルだけど可愛い、長方形の封筒に入ったそれは軽く握っただけでも皺がついてしまう。 封はまだしていなかった。用意したはいいがそれを相手に渡すほどの勇気はまだなかったからだ。


「今何か隠したわよね?」
「な、なんのこと?」


冷や汗が背中を伝いそうだった。 所謂ラブレターというものを人生で初めて書いたのだ。 昨晩家で便箋に想いを書き連ねたがいいが、最初から相手に渡そうとは思っていなかった。 最近自分の胸の中で燻っているこの想いを、言葉にすることでただはっきりさせたかった。 だから昨日書き終えたあとに自室の机の引き出しにしまったはずのそれが、 まるで神様がちゃんと相手に渡しなさいとでも言っているかのように、 さも当たり前に通学用鞄の中に入っていることにびっくりした。 なんでこれが鞄の中に…と不思議に思っている間に空に声を掛けられてしまったのだ。 とてもじゃないが相手本人に直接自分の気持ちを言うなんて自分には出来そうもなくて、 勇気を振り絞って直接伝えたところで自分の目の前で相手が困った表情を浮かべるところが目に見えている。 これは自分以外の誰かの目に触れていいものではないのだ。


「隠しても駄目よ、見せなさい」
「だから何もないってば」
「私に隠し事なんてできると思ってるの?」


まるで女王様が降臨したかのような科白を吐いて、空が右の掌を差し出してくる。 誤魔化しても何かを隠していることを彼女にはもう気付かれてしまったようだ。 有無を言わせないオーラを纏った空が、満面の笑みで私に微笑む。 その黒い笑顔の気迫に押されて私が一歩下がる度に、彼女が一歩踏み出して近付いてくる。 徐々に狭まってくる距離に今度こそ本当に私の背中に冷や汗が伝った。


「ほら、見せなさい」
「い、いや、だめ」


空が怖い。満面の笑みが本当に怖い。 ジリジリと壁際に追い詰められて、逃げ場ももうほとんどなかった。 空に見つかったら最後、逃げられるとは思っていなかったけどこれだけは、この思いだけはまだ誰にも言えない。 でもその抵抗ももうほとんど意味を為していなかった。 恐いほど満面の笑みを浮かべている時の彼女に敵う人などいない。 太一はもちろん、あのヤマトだって空には敵わないのだ。


「ねえ、さっきちらっと見えたけどそれ手紙よね?もしかして………ラブレター?」


喉がひゅっと鳴った。息をのんでバツが悪そうに目を泳がせる私の挙動を見ればその答えは一目瞭然だろう。 空にバレた。完全にバレている。 決定打を言われてしまい誤魔化そうにもうまい言い訳が出てこない。


「・・・ち、ちがう!」
「ふーん?」
「ふーん、って・・・ほんとに違うんだってば!」
「微妙な間があったけど?」
「そっ、それは空が変な事いうからびっくりしただけ!」


苦し紛れの言い訳を続けたところでもう逆効果でしかなく、 私の隠したそれがラブレターだと認めているようなものだった。 問い詰めてもなかなか白状しない私のしぶとさに諦めたのか、 空は一つ溜息を付いて両手を軽く上げて降参のポーズをした。


「わかったわ…まあがそう言い張るなら信じる。でもね、だったらそれ、私に見せられるものなんじゃないの?」


自分で墓穴を掘ったのか、それとも空にうまく誘導されたのか、 この際もうどっちでも良いが空がまだ諦めていない。 必死に否定し続けた結果、それが逆効果であったことは明白だった。 なぜ空がこうも私の手にある物の存在を気にするのか、またそれをラブレターではないかと疑うのか、 その理由はわからなかったけど、空がその存在を気にするより遥かに強い気持ちで私はこれを空に見せるつもりなどなかった。 、見せて、とすぐ背後まで迫っていた空の存在に追い詰められた私が思い付いた逃げ道は、 とてもレベルの低いもので、今時引っかかる人など極めて少ないだろう古臭い方法だった。


「ねえ、それってもしかして、光子郎に、、、」
「あああっ!!!」
「え、どうし、あ、こら!どこ行くのよ!」


お決まりの逃げ技「何もないところを指差して、何かあったかのように振る舞う」という 逃げ技を使うことに見事成功したあたしは、 空の叫ぶ声を聞きながら自分の鞄を引っ掴んで 教室を飛び出した。 手のひらに例のラブレターを握り締めて。



くしゃくしゃに丸めた告白







が逃げ去った教室に取り残された空は、彼女の背中を見送ったあと溜息を付いた。 逃げられたということは、彼女の手の中にあったものの正体はもうわかり切っている。 自分に白状しないということは、きっとその手紙の相手にもそれを渡すつもりはまだ無いとわかっていた。 自分の鞄の中からある物を取り出してもう一度溜息をつく。


「頼まれたこれ渡したかったのに逃げられちゃったわね」


が持っていた物と似ているそれは彼女のそれとは違ってしっかり封がされている。 封筒の裏面には差出人の名前、表には「さんへ」と書かれていた。


「同じタイミングでラブレター書くって、あの2人相思相愛もいいところね」


そもそも今時ラブレターだなんて、古風もいいところだ。 似た者同士ってことね、空は一人笑って先程光子郎からに渡してほしいと頼まれたそれを再び鞄にしまった。 この手紙をが受け取ったら、彼女は自分のそれをどうするのだろう。 今度こそ自分に相談してくれるだろうか。 明日また学校でに再会したらこの手紙を渡すつもりだ。


「明日のの反応が楽しみだわ」


2人が結ばれる日もそう遠くはないだろう。 友人たちの恋のキューピット役となった空は、古風で照れ屋な友人たちの幸せを願いつつ、誰もいなくなった教室で一人笑みを零した。


(20200908)
御題配布元様 : Lump


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