転げ落ちそうな程のスピードで階段を駆け下りて、昇降口に向かう。 ただでさえ運動は得意でないというのに、 全力疾走している所為で足はもうガクガクしていて、 下手をすると転んでしまいそうな程に今の僕は急いでいた。


さん!!!」


階段を駆け下りもう少しで昇降口で辿り着くというところで、目的の人物を見付けて声を掛ける。 あまり大き過ぎない程度の声で彼女の名前を呼んだつもりだったが、 ほとんど人がいなくなった学校内には自分のそれは良く響いた。 呼び声と共に振り返って僕を見た彼女は、目が合った瞬間にふっと微笑んだ。


「光子郎」
「すみません!夢中になっていたらつい時間を忘れてしまって…」
「あはは、そんなに急がなくても良かったのに、息大丈夫?」
「はい、大丈夫、です、すみません本当に」
「ふふ、部活熱心な光子郎はいつものことでしょ?」


彼女はそう言って悪戯に笑った。図星である。 そう言われてしまうともう返す言葉が無い僕は、 もう一度小さく、すみません、と謝罪を述べた。 冗談だよ、そう言いながらも未だはあはあと息を整えている僕を心配そうに覗き込む さんの優しさが胸に沁みる。


「大丈夫、じゃなさそうだけど」
「いえ!もう大丈夫です、行けます!」
「そう?じゃあ、帰ろっか」


はい、そう返事を返して既に外履きに履き替えている彼女に習い、自分も靴を履き替える。 こんな風に僕が彼女を放ったらかし状態にしても怒らないのは、 きっとそれがさんだからだと思う。 他の女子だったら絶対に怒るだろうし、もし仮に今時のミーハーな女子達が僕の彼女だったとしたら、 きっと愛想を尽かされてしまうだろう。 第一にそういう人たちのことを僕が好きになるなんて、 おおよそあり得ないことだはと思うし、 彼女たちが僕に好意を持ってくれることだってあり得ないことだとは思うけれど。


「光子郎?」
「え、あ、はい」


そんな事を考えていたら不意に呼びかけられて、我に返った。 案の定僕の隣でさんは苦笑しながら、大丈夫?と先程聞いた言葉をもう一度繰り返した。


「ぼーっとしてたけど?」
「いえ、あの、すみません、ちょっと考え事を」
「考え事?」
「ええ、その、えっと」


言葉を濁しているとさんは、なあに?と再び僕を覗き込んだ。 いつだって優しい彼女の表情に僕はいつも甘えてしまっている。 これではいけない、ちゃんと自覚してはいるけれど、 子供の僕はなかなかそこから脱出できずにいた。


さんは、」
「?」
「こんな僕といて楽しいですか?」


僕の顔を覗き込んだまま目を丸くしたさんの表情に、 僕は余計な事を聞いてしまったかとさえ思った。 言うべきことでなかったかもしれないと。 それでも僕といることがさんの苦痛になっているのだとしたら、それは僕にとっても辛いことだから。 そんなことを思いながら悶々としていると、俯いて黙り込んでしまった僕に彼女が小さく吹き出した。


「…何ですか?」
「いやだって光子郎、かわいいなあって思って」
「かっ、かわ…!?」
「そんなこと気にすることじゃないのに」
「で、でも」
「だって楽しくなかったら一緒になんていないでしょ?」


優しく笑うあなたの笑顔はいつだって僕の心を照らして、 温かく包みこんでくれる。 僕の心配事なんてなんでもない、そう言ってくれているみたいに。 こんな僕でもあなたが良いと言ってくれるなら、 たとえそれが甘えだとしても僕はそれを受け入れたい。 僕がさんより年下で頼りなくても、 今はそれでもいいやとさえ思えてしまう、さんはいつも僕を優しく見守ってくれる。


「ほら、帰ろ?」
「っ、はい!」


ふがいない僕をどうか許して
(差し出された手を握り返して、今度は僕から差し出せるようにと)


御題配布元 : CHI

(20090825)
(20200928)修正

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