光子郎と一緒に歩く帰り道。
久しぶりだからって嬉しくなって、うきうきしていたのは私だけみたいだ。
光子郎はもともとそんなに口数が多い方ではないけれど、
今日は特別言葉が少なくて、数歩先を行く彼を私は気まずい思いで追いかけている。
「光子郎」
呼びかけても聞こえないのか、わざと無視しているのか、何も答えずに彼は先を進む。
光子郎の機嫌が悪いと気付いたのは学校を出てすぐのことだった。
名前を呼んでも返事は無く、後ろから名前を呼ぶを私を振り返るでも無く、
ただ黙々と歩みを進める彼に私は小さく溜め息をついた。
「ねえ、光子郎怒ってるの?」
言葉にして尋ねるまでもなく彼が纏う空気は淀んでいる。
とはいえこのまま歩き続けて別れの言葉も交わさず、それぞれの岐路に付くのは嫌だった。
だからこそ敢えて言葉にして尋ねる。
このまま彼の名前を呼び続けるだけではきっと光子郎は黙ったままだろうと思ったからだ。
「ねえ、」
「だったら何だって言うんです?」
再び呼びかけた時に返ってきた冷やかな答えに、私は思わずその場に立ち尽くした。
歩みを止めた私に気付いた光子郎が、少しだけ振り返って私に一瞥をくれる。
不機嫌そうな横顔がちらっと見えて思わず唇を噛んだ。
泣いたら駄目だ。滲んできそうになる涙を堪えるように、ぐっと唇を噛む。
「さんには関係ないことです」
その言葉に一瞬にして視界が滲んだ。溢れた涙は止まることを知らずに頬を伝う。
知らず知らずのうちに彼に何かしてしまったのだろうか。
私に関係ないというならどうしてこんなに急に冷たくされるのか。
理由があるなら言ってほしいのに、あなたには関係ないと言われてしまえば何も言えなかった。
滅多に怒ることのない光子郎の機嫌がこれだけ悪いとなると、よほどのことなのだろう。
「っ、」
駄目駄目駄目泣いちゃ駄目。既に零れ落ちた涙があろうともこれ以上は流すまいと必死で涙を堪えようとした時、
声が一つ漏れてしまった。
その声が聞こえたらしい光子郎ははっとして振り向き、困ったような思い詰めたような表情になった。
「………すみません、言い過ぎました」
そう言ったのは光子郎だった。
依然として私は何も言えずに流れ落ちた涙を拭って俯いたまま、光子郎の顔を見れずにいた。
ふと視界に入ってきた彼の足元に驚いて顔を上げれば、
いつの間にか近付いてきていた光子郎に手を伸ばされる。
思わず顔を上げれば彼の細いけれど少し節くれだった男らしさの見える指先に優しく目元を拭われる。胸が熱くなった。
「光子、郎」
「ごめんなさい」
光子郎の声は心なしか震えていた。
視線が合えば引き寄せられて腕の中に閉じ込められる。
いつもより強い力で抱きしめられて、見知った体温に安心すると同じように彼の背中へ腕を回した。
「大人気無いってわかってます」
「…?」
「でも、僕にはあなたしかいないんです」
「こうし、ろ」
「さん、僕にはあなただけなんだ」
泣き出しそうな声で言葉を紡ぐ光子郎に、胸が震えて言葉が出てこない。
光子郎がなぜ怒っていたのか結局理由は教えてもらえなくて、震える彼の背中を優しくさすってやれば、
自分より少し身長の高い彼が頬を擦り付けてくる。
明確な理由など知らされずとも、僕にはあなたしかいない、その言葉さえ聞ければもう何もいらないほどに十分だった。
夕陽に伸ばされた影
(他の男に笑いかけるのを見て嫉妬した、なんて、情けなくて言えません)
御題配布元 :
CHI
(20090824)
(20200908)修正