「失恋しちゃった」
僕の目の前で苦笑いを浮かべるさんは、
本当は辛いはずなのに無理して笑っているように見えた。
それが思わず苦笑いになってしまうのならばわざわざ笑う必要なんてないし、
そもそも最初から自分の心に蓋をして無理に笑うべきではなかった。
でもさんは滅多に自分の弱い部分を人に見せようとはしないから、
どうしても自然と無理をしてしまうのだろう。
その痛々しい笑い顔に僕は思わず眉を顰めた。
大体この前まで幸せ一杯の顔をしていた彼女が、
どうしてそんなことになってしまったというのだ。
会う度に惚気話を聞かされて付き合いきれないと思う時もあった。
僕の貴女への気持ちも知らないで、
よくもそんな話を僕に出来るものだとも思っていた。
でも僕はさんが幸せならそれでいいと思っていたから、
自分の気持ちを打ち明けるつもりもなかったし、
彼女の嬉しそうな顔を見ることが出来るなら、
例え自分が辛くとも何度でも彼女の惚気話を聞いてあげるつもりでいた。
それが急に何故?
何があったというのだ。
本当はとても聞きづらかったけれど、
さんが僕にそのことを告げに来たということは、
彼女も何かしら聞いて欲しいのだろうと僕は勝手に解釈することにした。
「何があったんです?この前まであんなに幸せそうだったじゃないですか」
そう口にしてから、自分でも驚くほどに声のトーンが低かったことに気が付いた。
でも仕方ないのだ。
自分の想い人が他の誰かに傷付けられたとあっては。
無意識のうちに言葉に怒気を含むことになってしまっても致し方ないだろう。
「あの、ね」
「…はい」
「二股されてたみたい」
「えっ」
思わぬ言葉が耳に飛び込んできて、僕は息をのんだ。
てっきり相手から別れを切り出されたとか、
相手との意見の食い違いが別れに発展したとか、
そういったことだと思っていたのだ。
それなのに二股だって?
予想外すぎて言葉が出てこなかった。
思わず言葉に詰まっている僕にさんは苦笑しながら『最低でしょ?』と口にした。
確かにその人は最低だ。最低の中の最低のやつだと思った。
許せないとも思った。
でも今はそんなことはどうでもよかった。
何故ならそんなことをされたさんは、僕が想像していたよりずっと傷付いているだろうと思ったからだ。
「そんなに魅力ないのかなあ、私って」
相変わらず苦笑いを浮かべながら、
さんは涙も見せなかった。
少し俯き加減ではあるけれど、決して泣かないのだった。
笑うことなんてしなくていいから、でも泣けなんて言わないから、
せめて無理して笑うことだけはやめて欲しかった。
どうしてそこまで強がるんだ、この人は。
今にも泣きそうなのにどうして笑うんだ。
見ているこちらが泣いてしまいそうな程、その姿は痛々しいというのに。
「光子郎はさ、あたしのこと、、、どう思う?」
さんは震える声で僕にそう尋ねた。
目は合わせてこなかった。
きっと僕の険しい表情を見ないようにしているのだろう。
さすがのさんも僕のそんな表情を見たら、
泣いてしまいそうなのかもしれない。
どう思うか、なんてそんなの今更だ。
どうせなら今ではなくて、そんな最低な男と付き合う前に聞いて欲しかった。
そうすればさんが傷付くことはなかったはずだ。
だってそんなことを聞かれた後で、僕がさんを離すわけがないから。
さんのことを知り尽くしている僕が貴女をどう思うかなんて、今更すぎるんだ。
「好きですよ、僕は貴女が好きです」
僕が真っ直ぐにさんを見据えてそう言えば、
逸らしていた視線を僕に向けたさんの瞳から一筋の涙が零れた。
愛の欠片 恋の傷痕
御題配布元 :
Lump
(20080403)
(20200907)修正