「ねー、ちゃーん!」
どこまでも付いてくるその声にうんざりした顔で道を歩く。
その声を振り切るように速度を速めて家路を急いだ。
彼が私につきまとうのは、どうやら彼が私に好意を抱いているらしいからだった。
とは言え申し訳ないがそれは迷惑だと、つい先日、口に出してはっきり本人にそう伝えたはずなのに、
彼は懲りずもせずに私に近寄ってくるのだ。
「ねえ、ちょっとー!なんで無視すんの?」
「……」
「ちゃん?聞こえてる?」
ああ、どうして彼はこんなに足が速いのだろう。
いや、どうして私はこんなに歩くのが遅いのだろう。
いつのまにか追いついた立松君は、私の隣りに並んで何も言わない私の顔を覗き込んでくる。
「ねえ、」
足を止めない私の進路を遮るように彼は目の前に立ちはだかった。
仕方無しに立ち止まった私に彼が言葉を続ける。
「どうして無視すんの?」
どうして、それは私だって人から話しかけられたら無視なんてしたくはない。
でも彼の場合は違う。
彼を相手にしてしまったら、きっと彼はまだ自分に可能性があると思ってしまうだろうから。
だからこそならばならもう、彼とは話さない方が良いと思ったのだ。
仕方無しに自分のその考えを伝えれば彼は、はあと一つ溜め息をついた。
「あのね、確かに面と向かって迷惑だって言われたし、自分でも迷惑掛けてるんだろうなってわかってる」
「それなら…」
「でも、さ」
そこまで言って彼は顔を上げた。
少し困ったようなそんな微妙な表情だったけれど、
彼が今何を考えているか、それを伝えるには十分な過ぎるものだった。
「やっぱりそう簡単に諦められるもんじゃないんだよ」
「っ、」
「ごめん、なんか俺ストーカーみたいだよな!」
「べ、別にそうは言ってないけど…」
「やっぱり迷惑、だよね…?」
唇を噛んでふいと顔を背けた立松君。
確かに迷惑ではあったけれど、迷惑というか、
実際のところ胸を占めていたのは気恥ずかしさがほとんどで、こんなにも誰かに思われたことが無かったせいで、
彼の気持ちや態度に戸惑っていたのだ。
だから本当は。
「迷惑、じゃない、よ」
「え、」
「本当は別に迷惑とかそういうのじゃないから!ただ恥ずかしかっただけ!」
今度は私が彼から顔を背ける番だった。
あまりにも恥ずかしさが過ぎて、ああ、何故私は思い余ってこんなことを口にしてしまったのだろうかとまで後悔する羽目になった。
視線だけを彼に戻せば、先程までとはまったく違う嬉しそうな顔をしていて。
あれ、少し前までの寂しげな表情は一体何処へいってしまったんだろう、
そんなことを思っていると彼が悪戯っぽく笑って。
ちょ、ちょっと待って、もしかして、さっきの表情は…!
「良かったー!迷惑じゃないんだったら、いいよね!」
「は?」
「俺と付き合ってくれるよね?!」
ぽかんと口を開けたあたしに、彼はなんて顔してんのと笑った。
迷惑じゃないとは言ったけれど、だからと言って彼と付き合うとは一言も言っていない。
「いやいやいや、どうしてそうなるの?!」
「えー、だって迷惑じゃないって言ったじゃん」
「だからって付き合うなんて一言も言ってないでしょ!」
「えー」
「えー、じゃない!っていうか態度変わり過ぎてない?!もしかしてさっきの申し訳なさそうな態度は演技だったとか言わないよね!?」
私がそう言うなり彼がぎくりと肩を揺らしたのを私は見逃さなかった。
やはり最初から演技で私の同情を買って、自分に都合の良い方に話を持っていくつもりだったのね…。
「たーてーまーつーくーん!?」
「いや、あの、あはははは」
「ちょっとこら、逃げるな!」
彼が私を追いかけてきたように、今度は私が『ごめんって!』と叫びながら逃げる彼を追い掛ける。
まあ確かに彼と付き合ったら楽しいだろうな、例え一瞬でもそんな風に思ってしまったことは彼には内緒だけれど。
どうかな?お試し期間ということで
(20090826)
(20210220)修正