「勘九郎ってさ、響子のこと好きだと思う?」
シンクロの練習帰りにいつものメンバーで帰り道の土手下の溜まり場で、
シンクロ公演について話し合ったり雑談をしていた時、
ふと私の口から発せられた言葉に、
隣に座っていた憲男は食べていたスイカを口から離して私を見た。
「え、今更?そんなん見てりゃーわかるっしょ〜、あれは相当惚れてるね、うん」
「そうなのかなぁ…」
納得がいかないと言葉を返した私に、
憲男は心底不思議そうな顔をして『俺はそう思うけど』と付け加えた。
そんな彼に私は一つ唸り声を上げてから、勘九郎と響子を交互に見つめた。
『花村さん、花村さん』と彼女にベタ惚れなのが丸わかりの田中君は、
ひっきりなしに響子に話しかけている。
その彼女の横で響子の笑顔を勘九郎は嬉しそうに見つめていた。
「田中君が響子にベタ惚れなのは絶対的だけど、勘九郎はちょっと違う気がするんだよね」
彼らの様子を少し離れたベンチから見守っていた私は、独り言のようにそう呟いた。
スイカを頬張っている憲男は、もちろんそれを私の隣でしっかり聞いている。
「そうそう田中ちゃんはね〜!もうホンットに分かり易すぎなのよ、あの子!」
「私もそれには賛成」
「進藤ちゃんも同じようなもんだと俺は思うんだけどねー、で何が違うって?」
興味津々に尋ねてくる憲男に視線を向けない代わりに、時々彼らに相槌を入れている麻子に向かって私は視線を投げかけた。
その視線を追って憲男も麻子に視線を移す。
「勘九郎は自分では気付いてないみたいだけど、絶対麻子のこと好きだと思うんだよね」
「麻子ちゃん?あいつらただの幼馴染じゃねーの?」
「確かに今はそうだけど、二人共今はまだ自分の本当の気持ちに気づいてないだけだよアレ」
『ふぅん?』と口にしてから麻子と勘九郎を交互に見つめ始めた憲男の横で、
私は一つ溜め息を吐いた。
この頃、彼ら二人を見ているともどかしい気持ちになることがよくあるのだ。
シンクロのことで頑張っている勘九郎を見る麻子の視線が最近とても優しくて、
彼の喜ぶ顔を見たときの彼女がすごく幸せそうな嬉しそうな表情をすることを私は知っている。
嬉しそうに響子の話をする時の勘九郎に対して、
麻子が少し冷たくなることも私は知っている。
無意識のうちに妬いてしまっている麻子が可愛く思えるのだけれど、
彼女自身はそのことに気が付いていないだろう。
勘九郎はといえば、憧れの響子に夢中のあまり麻子の気持ちに気付くわけもなく、
その上彼女の支えの有り難みにすら気付いていない。
彼の響子への気持ちは本当に恋なのだろうか、
否、私にはそれはただの憧れにしか見えないのだ。
だからこそ今日のように、響子の事で嬉しそうな表情をする勘九郎を見た麻子が
少し寂しそうな顔をしているのを見るともどかしくて仕方がない。
「ま、言われてみればそうかもって気もすっけど」
「でしょう?」
「進藤ちゃん、響子ちゃんに対して消極的すぎるもんなー、だから本当に好きなのかって思う時もあんだよね実際」
そう言ってから食べ終えたスイカの皮を他の皆が座っている、ここから少し離れた別のテーブルまで置きに行った憲男の背中を見送る。
しばらくして戻ってきた憲男は再び私の隣りに腰を下ろした。
「まあ、ホントにが思ってるようなことなんだったら、いつか自分たちでそれに気付く日が来るっしょ!」
「だと良いんだけどね…」
不安そうな視線を勘九郎と麻子に送り続けていると、
少し不満そうな顔をした憲男がいきなり視界に入り込んできた。
驚いて思わず後ろに倒れ込みベンチから落ちそうになった背中を、間一髪で憲男が支えてくれた。
「あ、ありがと…って、もう!なに急に!びっくりした!」
驚きのあまり彼に背中を支えられたまま不満をそう口にすれば、
憲男は私と視線を合わせることなく、青い夏空を見上げた。
「そんなに進藤ちゃんのことが気になるわけ?」
「は?」
「だって心配なんでしょー?進藤ちゃんの恋路が」
「べ、べつに心配なわけじゃなくて、ただちょっと気になるだけで・・・!」
「ほーら、やっぱり気になるんじゃん」
「だっ、だったら何だって言うわけ?」
負けじと言い返す私に憲男は溜め息をついて、見上げていた空から視線を私へと向けた。
「他の男のことが気になるなんて、ちょっと妬けちゃうんですけどー」
その言葉に思わずぽかんと口を開けた私に『何、そんなに驚いてんの』
と不満気な表情を浮かべたのはもちろん憲男だった。
「いやだって、憲男がそんなこと言ってくれるとは思わなくて…冗談?」
「ちょ、ちょっと、それかなり心外なんだけど…!冗談でこんな事言う訳ないだろ普通!」
「だ、だって驚いたんだってば!」
少し火照った頬のまま憲男にそう言い返せば、
我に返った憲男が同じように少し目元を染めてふいと顔を逸らした。
か、顔が熱い…
いつもは言わないくせに何で急にそんなこと言うの…?!
顔を逸らしたまま頭を掻いている憲男を盗み見てから息を吐く。
不意打ちなんて卑怯過ぎる、憲男のばか。
ヤキモチなんて妬かなくたって私の気持ちは一つなのに。
「憲男、」
「…なんだよ」
「心配なんてしなくても、私は憲男が一番好きだよ」
背中を向けたままの憲男にそう告げれば、
彼は勢いよく振り返った。
そしてその反動でそのままベンチから落ちた。
「ちょ、ちょっと何やってんの、大丈夫?!」
「はははー…大丈夫大丈夫、かっこわりーな俺!」
「もう…バカ」
呆れた表情で彼を見下ろせば、ベンチから落ち、芝生に背を付けたままの状態の憲男は嬉しそうに笑った。
「かっこわりーけど、でも嬉しいから何でもいいわ!」
倒れたままガッツポーズを繰り出した憲男の様子に、思わず笑みが零れる。
そんな私達の様子を少し離れた別のテーブルから他の皆が見守っていたなんて、
その時の私達は知るはずもなかった。
「仲良しでいいですよね〜あの二人、超青春しちゃってますけど!僕もちゃんと青春したいな〜!参加してきていいですかね?」(石塚)
「お前は黙ってろ(石塚に拳を振り下ろす)」(高原)
「本当に仲良しだよなー…あの二人」(勘九郎)
「微笑ましいよね、あの二人見てると」(麻子)
「は、花村さん、良かったら僕とあんな風に・・・」(田中)
「え?」(響子)
青いメロディーが響く
御題配布元様 :
pulmo
(20080808)
(20210220)修正