「もう桜も散っちゃうね」


咲き誇る桜の木の前で私がそう呟けば、 隣に立つ光子郎は『そうですね』と寂しげに笑った。


「これから皆続々と、それぞれの道に進んでいくんだろうね」


4月。私は社会人になった。同い年の太一もヤマトも空も社会人である。 丈さんはまだ学生とはいえもう立派な医者の卵で、日々忙しそうだ。 皆それぞれの道に進み始めている。 まだ学生だとは言え、年下の光子郎やミミちゃん、タケルくんやヒカリちゃんもそれぞれの道を選び、勉学に励んでいる。 あの夏、私達はまだ幼い子供で未来のことなんてほとんど考えていなくて、 皆で笑って泣いて喧嘩して、ずっと一緒にいられるものだと思っていた。 そう思っていたのは私だけかもしれないけれど、大きくなってからも皆と過ごす時間はかけがえのないものだった。


「いつかは皆、大人にならなければなりませんから」


そう言って寂しげに桜の木を見上げた光子郎の表情を見つめたあと、私はふっと笑みを零した。


「どうしたんですか?」
「ううん、そう言えば光子郎は皆の中でも随分と昔から大人だったなと思って」
「そうでしょうか?それを言うなら僕より貴女の方がよっぽど大人だったと思いますけど…」
「そう?」


リーダー格の太一は時々危なっかしくて、ヤマトは大人に見えて実は脆くて、 お姉さん的存在の空も本当は強いフリをしているだけで、一番年上の丈さんはどこか抜けていて。 そんな皆を支える光子郎もしっかりしているのは実は冷めた目で物事を見ているからだった。 一見強く見える皆が抱える弱さを補って、彼等の悩みを少しでも和らげたい、 自分はそう言う存在であるべきだと私は思っていた。 それを大人と言えるのかは私にはわからないけれど、光子郎がそう言うのならそうなのかもしれない。


「寂しくなるね」


そう、寂しいのだ。 皆を支える存在でありたいと思っていた私が抱える弱さは、皆に必要とされなくなることへの恐怖だった。 それぞれが大人になり成長すれば、私の存在など皆にとって過去のものになるに違いない。


「大丈夫、集まろうと思えばいつでもまた集まれますし、いつでも会えますよ」
「うん…そうだよね」
「それに」


離れていた光子郎との距離が少し縮まる。 そっと手を取られて思わず彼の方に顔を向けるとふわりと桜の花びらが舞った。


「皆が離れ離れになっても、僕は貴女の傍にいますから」
「光子郎…」


少し頬を染めた光子郎の真っ直ぐな視線が私を見つめる。 優しい彼のことだ、私が堪える涙の存在に気が付いたのだろう。 選ばれし子どもたちの参謀だった彼の観察眼は今も健在だ。 彼の優しさに私が思わずふっと笑みを零せば、 照れ臭さのせいか唇を一瞬噛んだ後、光子郎も表情を緩めた。


「桜綺麗だね」
「そうですね」


花びらが舞い散る桜の木を二人見上げる。 繋がれた手を握るとぎゅっと握り返された。 大丈夫、一人じゃない。春が終わって夏が来て、秋が来て冬が来て、また新しい一年が来たとしても。 今生の別れでは無い、皆いつでも連絡は取り合えるのだ。 それに私の隣にはこれからもずっと光子郎がいてくれるのだろう。それだけで十分幸せに違いない。


(210411)

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