きっかけは部屋の中にひらりと舞い込んだ、 一枚の桜の花びらだった。 本丸内の庭、私の執務室から比較的近い場所に咲いている 桜の木のものであろうそれは、 恐らく春風に誘われてここまで旅をしてきたようだ。 私より先にその存在に気が付いたのは、 同じ部屋の中で雑務処理を手伝ってくれていた長谷部だった。 そう言えば今年はまだ花見をしていないと気が付いたのは、 その花びらがきっかけだった。 この本丸の酒好き達の中には、 既に何度か花見酒を楽しんだ者もいるらしい。


「綺麗ですね」
「そうだね、いつの間に満開になってたんだろう?気が付かなかった」
「最近主はお忙しく部屋の外に出ることすら少なかったですから、気が付かずとも仕方ありませんよ」


突然現れた桜の花びらの存在に私が花見の話題を持ち出せば、 少し休憩しましょうかと長谷部が声を掛けてくれた。 そして今、私と長谷部は桜の木の下で 二人並んで桃色のそれを眺めている。


「春が来たなとは感じてたけどやっぱり桜を見ると尚更そう感じるなあ」
「同感です」


長谷部と共に迎える春は何度目だろうか。 最初はどこかで距離を置かれているような態度だった彼も、 いつしか自分の近侍を率先してやりたがるようになった。 まさかこんな風に何度も彼の隣で季節の移り変わりを目にする関係になるとは思ってもみなかったけれど、 今となってはそれが本当に幸せだと心からそう思うのだ。


「ねえ、長谷部」
「なんでしょう?」
「来年もまた長谷部の隣で桜が観られたら嬉しいな」


そう言って私が彼に向かって微笑むと 長谷部が不意を突かれたような顔をする。 それから一つため息をついて両手で顔を覆った。


「長谷部?」
「あるじ…不意打ちは卑怯ですよ」 「えっ」
「それは俺が先に言おうと思っていたのに」


顔を見せた長谷部の頬は赤い。 まるで自分まで照れ臭くなってしまうほどに。


「ご、ごめん」
「いえ、そう思っていたのは主も同じだと知って嬉しかったです」
「ふふ、来年の春も私の隣にいてくれる?」
「もちろんです」


ざあ、と大きな風が吹いた。 無数の花びらがはらはらと舞い落ちてくる。 来年も再来年もその次も。 出来ることならばずっと長谷部の隣にいられますように。 自分の足元に積もった桜の花びらを見つめて私は口を開いた。


「ねえ、長谷部」
「はい」
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど」
「?なんでしょう?」
「長谷部から出た桜が多過ぎて、 長谷部の桜舞なのか桜の木の花びらなのか、 最早この足元の桜がどっちなのかわからない」
「も、申し訳ありません…!」


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