ベルとの任務帰り。通りかかった並木道に見事なまでに咲き誇っているのは桜だった。


「なあ、桜って食えんのかな」


イタリアに来て初めて観る光景だった。 日本を遠く離れた異国の地でも桜が観られることを知らなかった私が感激している横でさらりと呟かれたその言葉に、 思わず私は呆れた表情を浮かべた。


「なんだよ、その顔」
「人が桜を観て綺麗だなあ、春だなあってしみじみしてるのにムードも何も無いなって思っただけ」


そう言って私が目を細めれば、負けじとベルは眉を顰める。


「は?ムードが欲しいってこと?」
「別にそうは言ってないけどベルって本当に色気より食い気だよね」
「当たり前じゃん、今更何言ってんだよ、ししっ」


そう言って馬鹿にしたように笑われて思わずため息が出る。 彼が色気より食い気なのは百も承知だが、花を観て綺麗だと思う心は彼には無いのだろうか。 否、それは愚問だろう。


「食用の桜もあるみたいだけど、その辺に落ちてる花びらは拾って食べない方がいいと思うよ」
「流石に落ちてるモンは食わねーっつーの」
「お腹空いたの?」
「別にそう言うわけじゃねーけど」
「けど、なに?」


呆れた表情を浮かべたままその色の言葉に乗せてベルにそう問い掛ければ、 彼はしばしの沈黙の後、再び口を開いた。


「ムードが欲しいんだよな?」
「まあ無いよりはあった方がいいでしょ」
「なら…桜よりうまそうなモン食っていい?」


次から次へと何を言い出すのかと、そう言葉を返すよりも先に腕を引かれてベルの胸に飛び込む。 驚きのまま顔を上げれば悪戯っぽく口角を上げた彼と目が合い、あっという間に二人の距離がゼロになった。 瞬きすら忘れていると軽いリップ音と共にベルの髪が私の額に触れてからさらりと離れていく。


「…ねえ、ベル」
「なんだよ」
「ムードは良いんだけど、部下の皆さん達にすんごい見られてるよ」
「しししっ、しらねー」


いつもベルのペースに乗せられっぱなしなのは悔しいけれど、 桜の木の下で交わすキスは悪くないかもしれない、なんて。


(210411)

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