春の風が頬を撫でる。 自室の窓から眺めているのは桜の木だった。 このイタリアの地でもまるで日本にいるかのような感覚を味わえるのはボスである綱吉のおかげである。 彼がわざわざ日本の桜を移植させたのだ。 風が吹く度にふわりと桜の花びらが舞う。 そんな光景をぼんやりと見つめていると背後から声が掛かった。


「何してるの?」


その姿を確認せずとも声だけでそれが誰なのか気付いてしまうのは彼との付き合いが長いからなのか、 それとも自室に自由に出入り出来るのは彼だけだとわかっているからなのか。 どちらにせよ近付いて来る足音に背を返せば、彼はあっという間に私の傍に辿り着いた。


「雲雀さん」


隣に並んだ彼を見つめれば先程の自分と同じように彼の視線が窓の外に向けられる。


「何か見てたの?」
「はい、桜が綺麗だなって」
「桜?ああ、あれのこと?」
「毎年この季節になってあの桜を観ると並盛が恋しくなるんです」
「並盛が?」
「ええ、生まれ育った並盛で見た桜が忘れられなくて」


もうどれほどの期間、日本に帰っていないだろうか。 それは自分だけでなく日本から共にイタリアへ来た仲間達も同じだ。 だからこそせめて帰国出来なくとも、この地で少しでも故郷を感じられたらと綱吉が桜の木を屋敷の土地に植えてくれたのだった。 きっと彼も母国が恋しいのだろう。


「雲雀さんは桜お嫌いでしたっけ…?」
「桜のせいで嫌な思いをしたことがあるからね」
「あ…そう言えば骸さんと―――」
「それ以上言わなくていい」
「す、すみません…でも学生の頃も春になると校内に綺麗な桜が咲いてましたし、それを思い出すと並盛が恋しくなりませんか?」


骸さんの名前を出しただけでなく、彼との闘いに負けたことを思い出させてしまったせいで、 雲雀さんの眉が大きく寄せられる。 苦笑を零して並盛の話に戻すと、彼にしては意外なほどあっさりとした返事が返って来た。


「確かに覚えはあるけど僕にとっては桜は何処で見るかが重要ではないからね」
「そうなんですか?」


思ってもみなかった答えが返って来て思わず目を丸くすると彼が言葉を続ける。


「もちろん並盛で見る桜は格別だけど、僕にとっては誰とそれを見るかの方が大切だから」
「え…?」
「僕は君の隣で見る桜が一番好きなんだ」


二人の間を柔らかな春風が吹きぬける。 優しく落とされた彼の笑みにつられる様に私も笑みを零す。 先程の風に乗って来たのか、いつの間にかそっと重ねられていた2人の手に桜の花びらが舞い降りた。

雲雀さんの視線が再び桜の木へ向けられると、私の視線もそれを追う。 ふと、学生の頃、校舎の片隅に立つ桜の木を雲雀と一緒に見上げた事を思い出した。 穏やかな春の日。 そういえばあの日の彼も、今日と同じようにそっと優しく私の手を握ったのだ。


(210411)

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