「主、髪の毛に桜の花びらが付いてるよ」


本丸の廊下ですれ違い様に清光にそう声を掛けられて、私はその場で足を止めた。


「えっ、うそ」
「本当、ほらこれ」


清光からの言葉に思わず自分の頭に手を遣れば、 その手が花びらを見付けるより先に清光の指先がそれを摘み上げる。


「わあ、本当だ」
「お花見でもしてたの?」
「うん、さっきまで安定とそこの桜の木の下でね」


私がそう言えば一瞬にして清光の表情が変わったのがわかった。 誰が見ても明らかなほど面白くなさそうに眉根を寄せた彼に、余計なことを言ってしまったと慌てて弁解の言葉を並べるも時既に遅いのだろう。


「べ、別に約束してたとかじゃなくてね、たまたま庭で会っただけだよ?」
「…ふーん」
「だから!清光が気にするようなことは何も無くて…」


私が必死にそう弁明すれば、それ以上はもう聞きたくないとばかりに清光は一つ大きな溜息をついた。


「あのね主、俺は別に怒ってるわけじゃないんだよ」
「そ、そうなの…?」
「ただ安定よりも、他の誰よりも先にね、『今年も桜が綺麗だね』って主と言い合いながらお花見したかっただけ」
「清光…」
「それと、そう言い合ったあとに『でも桜なんかよりも主の方がずっと綺麗だよ』って格好付けて言ってみたかった、それだけ!」
「えっ」


最後の言葉を言い終えた後の清光の頬は少し赤い。 怒っているのかと思えば悔しがっていて、 そうかと思えば急に格好つけたり恥ずかしがったり、 相変わらず彼の感情表現は豊かで、そして素直で愛おしさが募る。 清光のその言葉に、先程一緒に桜の木を見上げたときの安定の照れ臭そうな表情がフラッシュバックした。


「ふふ、やっぱり安定と清光は仲が良いだけあって似てるね」
「…どういう意味?」
「安定もさっき清光と同じことを言ってたし、言った後に自分で照れてたから」
「はあ???!!!」


突然凄い勢いで清光に両肩を掴まれて、驚きのあまり思わず私は身を竦めた。


「えっ、な、なに…?」
「安定にも『桜よりも主の方が綺麗だよ』って言われたの!?」
「う、うん…でもただの社交辞令だろうから、やめてよ〜!って笑ってそれで終わったし、別に大したことじゃ…」
「俺の主を口説くなんて…あいつマジでぶっ殺す…!!!」
「えっ?えっ、ちょっ、まっ、清光…?!」


物凄い形相で草履も履かずに庭に足を踏み出した清光にはもう私の声は聞こえていない。 いよいよ本気で彼を怒らせてしまったようだった。 私にとってはただの社交辞令にしか思えない些細な言葉でも、 自分の恋人に甘い言葉を囁かれたという事実が彼には許し難いらしい。 それをしたのが安定なら尚更なのかもしれない。 清光の頭の中にはもう私に口説き文句を吐いた安定と刀を交えることしか無いのだろう。 最初から最後まで彼に余計なことを話してしまった責任を取るべく、 安定を探して庭を走り出した清光の背中を私は必死に追い掛けるしかなかった。


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