視線の先にいたはずのラビが一瞬にして視界から消え去る。 続いて物凄い大きな、何かが壊れるような鈍い音がして、 叫び声が続く。


「何すんさ、パンダジジイ!!!」
「ジジイとは何じゃ!」


壁にぶち当たったのだろう、無駄な掠り傷を負った砂塗れのラビが 彼を蹴り飛ばしたブックマンに抗議の言葉を吐く。 余計なその言葉がまたブックマンの怒りを買って、 ラビは再び私の視界から消え去っていく。 私の隣に立ち、同じように壁に寄りかかっているアレンと共に、 彼らの様子を眺め始めて早5分。


「結局何だかんだ言ってあの2人、仲良しだよね」
「そうですね〜、僕も凄くそう思います」


隣のアレンが可笑しそうに笑う。 やれやれとばかりに腕を組み再び彼らに視線を送りながら、私も同じように笑った。 『クソジジイ』やら『バカもの』やら、 いつもお互いにそんなことを言い合っている彼らだが、 信頼し合い、お互いに心を開いているからこそそんな悪態も付けるわけであって、 彼らの間に絆があるからこその言動であることに間違いはないだろう。 傍から見るとお互い相手のことをよく思っていないような口振りではあるが、 実際にはただお互いに素直になれないだけなのだ。


「あれ、ブックマン何処かへ行っちゃいましたよ」
「え?あれ本当だ、どうしたんだろう」


アレンにそう言われて我に返れば、 背中を向けたブックマンがラビの元からどんどん遠ざかっていく。 心配する私達の視線に気付いたラビは、うんざりしたように頭を掻き回しながらこちらへと歩いてくる。


「ちょっとラビ、ブックマンどこ行っちゃったの?」
「あー…、別に心配することねえさ」
「そんな事言って、また酷い喧嘩でもしたんじゃないですか?」
「違うって、何か用事あんだってさ。だから先に俺らで宿帰ってろって」


ラビの言葉に安堵の息をつく。 てっきりアレンの言う通り酷い喧嘩でもしたのかと思ったがそうではないらしい。


「なんだ、そういうことだったんですか」
「そうそう、だから心配はご無用さー」
「そ、そうだよね、何だかんだ言ってラビとブックマン仲良しだもんね」


私がそう言い、アレンがうんうんと賛同すれば、 ラビは拍子抜けしたように目を丸くしてぽかんと口を開けた。


「誰が仲良しだって?」
「いや、だから、ラビとブックマンが」
「はあぁ???!!!誰がそんな事言ったさ?!」
「だって見てればわかるもん、ね、アレン」
「ええ、僕もそう思いますよラビ」


私達が口を揃えれば、ひくひくと口元を引き攣らせたラビが乾いた笑みを浮かべる。 ははははー、と気の抜けたような声を出して、私とアレンを交互に見つめている。


「お前らやけに仲良さげに話してると思ったら、そんなこと話してたんか…」
「だって事実でしょ?」
「そうですよ、事実です」
「どこがだよ!!!」
「どこがって、ねえ…?」
「あれで仲良くないって言える方がおかしいと思いますけど」


今度は私がアレンの言葉にうんうんと頷いていると、 突然わなわなとラビが震え始めた。 何事かと目を丸くする私達を他所に、 ラビはアレンの正面まで移動するなり、突然彼の両肩を掴んで勢いよくその体を揺さぶり始めた。


「ちょ、ちょ、ラビ!なにする、んです、か、っ!」
「大体アレン!お前が!!!」
「僕が何だって言うんですかー!」
「全部お前の所為なんさー!!!!!!」


ラビが半泣き状態でアレンの肩を揺さぶる。 その揺れに必死に耐えながら何とか言葉を口にしようとするアレンを 私は呆然と見つめていた。 一体何が起こっているのだろうか。 そんなことを考えていると、散々アレンを揺さぶって気が済んだのか、 ラビはようやくアレンを開放した。 あまりにも激しい揺れに目を回してしまったアレンは、へなへなと力なく近くにあった壁に寄り掛かる。


「ちょっと大丈夫アレン?!」
「は、はい、なんとか…」
「ちょっとラビ、いきなり何するの!?」
「だって、コイツがいけないんさ!」
「はい?アレンの何がいけないって言うの?」


私が噛みつくようにそう言えば、 ラビは唇を噛んで『ぐっ、や、やっぱ、何でもねえさ!』とだけ言って背を向けてしまった。 彼の言動が理解出来ず不思議に思い首を傾げていると、 いつのまにか落ち着きを取り戻していたアレンが突然、 何かを企んでいるかのような爽やかすぎる笑みを浮かべた。 思わず怖くなって後ずさると、彼は仕返しとばかりにラビの両肩を思い切り掴んだ。


「いっ?!」
「嫉妬なんて見苦しいですよ、ラビ」


完全にアウェイ状態の私は、 驚きと両肩を掴まれた痛みに目を見開いたラビと、相変わらず爽やかすぎる笑みを浮かべているアレンを 交互に見つめるしかなかった。


「アレンお前…やっぱりわざとか!!!」
「わざともなにも、僕はただと話していただけですよ」
「何がただ、さ!明らかに俺のことチラチラ見て楽しんでただろ!」
「僕には何のことだかさっぱり」
「おま…っ!」
「ちょっと待って、一体何の話をしてるのか私にはさっぱりなんだけど…」


明らかにアレンは何かを楽しんでいるようだけれど 険悪なムードになりつつある彼らの間に割って入れば、 アレンの怖すぎるほど爽やかな微笑みが、今度は私へと向けられた。


「ああそれはですね、。実は―――」
「だー!!!バカアレン!余計な事言うな!!!」


掴み掛かって何かを言うのを止めさせようとしたラビを、 綺麗な笑顔はそのままにアレンは肘鉄一つで綺麗に殴り飛ばした。 ラビは呻き声を上げて後ろに倒れる。 哀れなラビ…そんなことを思うが、この魔王的なアレンを前にしては 私とて何も言えるはずがなかった。


「実はラビは妬いてたんですよ」
「…はい?」
「ほら、僕達さっきまでラビとブックマンの仲の話で盛り上がってたでしょう?」
「ああ、うん」
「それがラビは気に入らなかったんですよ、僕とが二人仲良く笑い合っているのが」
「…はあ」
「大方ブックマンにも同じようなことでからかわれたんだと思いますよ。 ラビが僕たちのことを度々見ていたのを彼も気付いていたんでしょう。 『そんなに嬢のことが気になるのか』とでも言われて、 ラビも図星をつかれて焦ったんでしょう。 それでいつもより喧嘩が長引いたんじゃないですか?」
「…ははは、そうなの?」
「ええ、僕の考えでは」


全てを言い終えて満足気味のアレンに少々策士な部分を感じながらも、 いつのまにか背を向けて座り込んでいるラビに視線を移す。 アレンに全てを暴露されてしまい少しばかり恥ずかしそうなその背中は、 いつもより小さく見えた。


「ですよね、ラビ?」
「…」
「違うんだったら僕、と二人で先に宿帰っちゃいますけど」
「っっっっっ、待つさ!!!」


突然立ち上がったラビは、勢いよくこちらを振り返る。 驚いて彼を見つめれば、真剣な瞳が返ってきて思わずどきりと胸が跳ねた。 まるでアレンの存在を忘れてしまったかのように真っ直ぐ自分だけに注がれるその熱い視線に、 私は耐え切れなくなって思わず目を逸らしそうになる。


、お、俺」
「う、うん」
「実はお前のことがずっとす――――――ってフゴッ!!!!!」


だがその視線を先に逸らしたのはラビの方で、 逸らしたというより、そうするより仕方無かったラビは顔面を思い切り地面に埋めていた。 一瞬何が起こったのか理解できなくて、アレンも同じように驚いていた。 その状況を理解させてくれたのは先程この場からいなくなったはずのブックマンだった。


「なんだおぬしら、まだいたのか」
「「ブックマン?!」」
「先に帰っておれと言っただろう、このバカものが!二人に伝えんかったのか?」


げしげしとラビに蹴りを入れているブックマンの背を、私とアレンは呆然と見つめていた。 あまりにもブックマンの蹴りが強力だったのか、 完全に伸び切ってしまっているラビは彼の問いに何も答えない。 そういえばラビの言葉は最後までは聞けず終いになってしまった。 幸か不幸か全てを聞かずとももう、その先を予想出来てしまうようなものだけれど。 ラビの言おうとした言葉の続きを想像すれば、 自然自分の頬が熱を持ち始めてしまうのを私は感じずにはいられなかった。


パンダウサギ狂想曲


御題配布元様 : 狸華
(20080812)
(20210429)修正

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