「どういうことだよ、それ…!」
「神田くん落ち着いて」
「落ちついてられるわけ、ねェだろうが!!!」
電話越しに聞こえた声に苛立ちを含んだ声で言葉を返す。
自分の大切な人が重傷を負った。
だと言うのにこんな時に落ち着いていられる奴がどこにいるというのだ。
受話器を強く握り締めると同時に唇を噛み締める。
クソ、コムイに怒鳴ったってただのやつ当たりにしかならない。
馬鹿か俺は。
そんなことをしても何の意味もない。何も変わらない。
俺が苛立っても仕方のないことだ。
ただ例え彼女と任務先が違かったとしても、自分が彼女を守れなかったことが悔しかったのだった。
「とりあえず詳しいことは教団に帰って来てから話すから。神田くんも気を付けて帰ってくるんだよ。いいね?」
回線の切れた受話器をごとりと置く。俯いてからもう一度、唇を噛み締めた。
「神田」
教団に着くなり医務室へ向かえば、耳に入った自分を呼ぶ声に顔を上げる。
そこには深刻そうな顔をしたリナリーの姿があった。
彼女のその表情から聞くまでもなくアイツの容体が良くないことが窺えて、
思わず自分も眉を顰める。
重い口を何とかこじ開けて、普段よりも一層低い声で彼女に問いかけた。
「アイツ、は」
俺がそう言えば、リナリーは深刻そうな顔のまま『こっちよ』と言って医務室の奥へと進んでいく。
無言のまま彼女の後について先へと進めば、
カーテンの引かれたベッドの上にが横たわっていた。
見たところ怪我は思ったよりも酷くなさそうで思わず胸を撫で下ろした。
だがコムイからは重傷だと聞いている。
一体どこが重傷なのだろうか。
確かに想像していたよりも怪我が軽いことは良かったが、
自分が思っている以上の何かが彼女の身に起こったのではないかという悪い予感がする。
何かがあるのだ。きっと、何かが。
「神田、あの、ね」
リナリーがもう一度自分の名を呼んだ。
何か言いずらそうに少しずつ言葉を切っているその話し方が妙だった。
自分の予感が当たっているような、そんな嫌な考えを引き起こさせる。
ならばなら聞きたくない言葉が、今にも彼女の口から紡がれそうだった。
震えそうになる声を何とか落ち着けて『なんだ』と返す。
「ね、怪我は大したことなかったんだけど、」
「…みたい、だな」
「そう。でも、ね。頭を強く打ったみたいなの」
「頭?」
「そう、それで…っ」
そこまで言い終えるとリナリーが言葉を切って俯いた。
震え始めた彼女の声に怪訝そうにその顔を見つめれば、
瞳一杯に涙を溜めた視線が俺へと返された。
驚いて目を見開けば、彼女は床へと崩れ落ちた。
「記憶が、記憶が…無くなっちゃったみたいなの」
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
の、の記憶が無くなった、だと?
嘘だろ?
頭の中を廻る言葉にならない思いに吐き気が込み上げてくる。
崩れ落ち涙で濡れた顔で俺を見上げるリナリーを余所に、
俺は言葉もなく呆然とその場に立ち尽くしていた。
リナリーがいなくなった病室で、俺は椅子に腰を下ろしたまま、
眠り続けているの顔を見つめていた。
リナリーが言うには俺が返ってくる前には一度目を覚ましたらしい。
それを聞いて急いで病室に駆けつけたリナリーが話しかけた時、
の記憶が無くなっていることが発覚したそうだ。
『どなたですか?』
自分に投げ掛けられたその言葉にリナリーは言葉を失ってしまったらしい。
誰だってそんなことを言われれば彼女と同じような状態になってしまうだろう。
俺もきっとそうだ。
が目を覚ました時、彼女は俺に何と言葉を掛けるのだろうか。
そんな考えばかりが頭の中を廻っていた。
「ん、」
突然聞こえた声に俺ははっと我に返って、に視線を合わせた。
徐々に開いていく彼女の瞳を、俺は声もなく見つめていた。
焦点のあった瞳で彼女が俺と視線を交わした時、俺の口から洩れたのは掠れた声だった。
「…、」
彼女の瞳に不思議そうな色が宿った。
ああ、きっとそうなのだ。きっとこれは。
俺が恐れていた、それなのだろう。
「って…誰のことですか?」
名前を落とした
御題配布元 : 狸華
(20080505)
(20210424)修正