「神田さん!」
パタパタという足音を伴って、突然誰かが自分の名を呼んだ。
一体誰だと思い背後を振り向けば、長い廊下を誰かが走ってくる。
探索部隊の服を着ているアイツは。
確かこの前オレンジ頭の兎が、可愛いとかなんとか騒いでいたような気がする。
名は確か、と言っただろうか。
仕方なく立ち止まれば、自分に駆け寄ってきた彼女も立ち止まる。
息を荒げている彼女はなんとか呼吸を整えようとしていた。
最後までそれを待ち切るつもりもない俺は早々と口を開く。
「俺に何か用か」
別に怒っているつもりもなければ、そんな態度で彼女に接しているわけではないけれど、
俺の言葉を聞くなり彼女は一瞬びくりと身動ぎしてから顔を上げた。
「えっと、あの…特に用があるわけではないんですけど…」
だったらコイツは何をしに来たと言うのだ。 何故俺に話し掛けた?
てっきりコムイからの伝言だとか、そう言った何か重要な用事かと思って足を止めたというのに。
「用事が無いなら呼び止めんじゃねェよ」
それだけ言ってまた先程のように向かうべき場所へと足を進める。
俺はこれから任務があるのだ。
こんなところで時間を無駄にするつもりはない。
「えっ、あ、待って下さい!」
だと言うのに彼女は再び俺を呼び止める。
さすがに無視するわけにもいかず、少し進んだところで再び足を止める。
その分彼女も、駆け寄ってくる。
「…何だ」
自分でもわかる程に相手を鬱陶しいと思っているオーラを身に纏い、そう口にした。
「あの、これから任務だって聞いて…」
「だったらなんだ」
視界の端に彼女の姿を留めながら、だから何だと言葉を返す。
「お気をつけて」
柔らかい笑顔と共に優しい言葉が耳に入ってきて、
驚きのあまり思わず彼女に焦点を合わせる。
そんな俺の様子に彼女は苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい、それだけ言いたかっただけなんです」
「…」
「お急ぎだったんですよね?お時間取らせてしまってすみません」
何も言わない俺に対し、俺が怒っていると思ったのか、彼女は深々と頭を下げた。
それから俺の視線から逃げるように、彼女はその場を去ろうとする。
「…おい、」
俺は既に背を向けていた彼女を、呼び止める。
自分の名を呼ばれたことが衝撃だったのか、彼女は目を見開いて振り向いた。
「えっ、な、何か?」
未だ動揺を隠せずにいる彼女を見つめ、この言葉を口にした。
「行ってくる」
俺はそう言い残してから再び彼女に背を向け、先へと続く廊下に足を進める。
背を向けた俺は、俺の反応に彼女が頬を緩めていたことに気付かなかったが、
彼女の気遣いに少しだけ胸が温かくなったような気がして、同じように頬を緩めた。
「行ってらっしゃい」
あなたが無事に帰ってきてくれますように、そう願いを混めてタイトル配布元
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こちら (20080203)
(20210424)修正