はじめに

お祝いという名の


「主、ちょっと話があるんだけど今いいかな?」


執務室で政府への提出書類に目を通していたは、障子の向こうから掛けられた声に落としていた視線を上げた。


「清麿?どうしたの、何かあった?どうぞ入って」


掛けられた声の主である清麿がたった一人で主の部屋を訪れることなど、今まではなかった。 だからこそ主であるは一体何事かと驚きを隠せなかった。 入室の許可を得た清麿が部屋の障子を空けて部屋へと足を踏み入れる。


「座ってもいいかい?」
「うん、もちろん」


部屋に入るなり、主と目が合った清麿がいつも通り穏やかにふわりと微笑んだ。 それにつられるようにも微笑み返せば、彼は話を切り出した。


「早いもので僕がここに来て一年が経ったんだけど」
「あ、その話ね、ちゃんと覚えてるよ?何かお祝いでもしようかって最近ちょうど皆と考えてて」
「…そうなの?」
「うん!清麿と水心子が本丸に来てから一周年祝いってことで」


『今回だけじゃなくてね、他の皆にもしてることなの!毎年は出来ないから1年目だけなんだけどね』 そう言って笑うに、清麿は思ってもいなかったと言わんばかりの表情を浮かべた。


「そうなんだ、それは嬉しいな」
「ふふ、あ、でも2人には内緒にしておくって話だったのに清麿に話しちゃった」
「あはは、じゃあ水心子には黙っておくね」
「そうして貰えると助かる!清麿に話したことがバレたら皆に怒られちゃうから」


バツが悪そうに苦笑したの様子に清麿は自分の口に人差し指を当て『大丈夫、内緒しておくよ』と笑う。


「でも『皆で』なんだね」
「うん?皆でだと何か都合悪い?」
「都合が悪いって言うか…」


本丸中の皆に祝われるとなるとさすがに照れ臭いのか、少し渋るような素振りを見せた清麿には首を傾げた。


「僕は正直…祝ってくれるのは、主だけでいいんだけどな」


再びふわりと優しく微笑んだ清麿の言葉にその真意を掴みかけたが固まる。


「え、えっと、それは…」
「もちろん本丸の皆に祝って貰えるのは嬉しいけど、実は主にお願いがあって」
「お願い?」
「一周年記念のお祝いとして、皆でやってくれるものとは別で主に聞いて欲しいお願いがあるんだけど…駄目かな?」


何か祝い事の際にはあれが欲しい、これが欲しいと刀剣達に強請られることは決して珍しいことでは無い。 それゆえ清麿のその言葉に、彼も何か欲しい物でもあるのかとは予想した。


「あー…なるほど、そういうことね、何か欲しいものでもあるんでしょ?」
「うん、まあね」
「ふふ、それなら何でも言って?あんまり高いものは買えないけど、お祝いだし少しぐらいなら奮発するから」


任せてと言わんばかりに意気揚々と拳を振り上げたを見詰めながら、 その健気な様子に清麿は心の中で可愛いなあと穏やかな気持ちになった。 それから困ったように頬を掻く。


「買って欲しいものがあるわけじゃないんだ、ただ主に僕の小さなお願いを聞いて欲しくて」
「そうなの?え、な、なんだろう…?変なことじゃないよね?」
「うーん、まあ普通のことだとは思うよ」
「それなら何でも聞くけど…」
「いくつかあるんだよね、僕がここに来てからずっと主に叶えて欲しいと思ってた些細なことなんだけど…聞いてくれる?」


少し困ったようにそれでいて照れ臭そうに目元を緩めた清麿に、は心の中で思った。 いくつか、ということは願いごとは複数あるのだろう。 が一体どんなことなのかそれを尋ねたが、清麿は『その時のお楽しみね』と笑うだけだ。


「でも教えてくれないとお願いは聞いてあげられないよ?」
「うん、そうだね」


自分の願いが聞き入れられた嬉しさを隠しきれないのか、 心底楽しげな表情を浮かべた清麿はをじっと見つめて言葉を続ける。


「じゃあまずは…あれかな」


(20201122)

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