まるで何処かで私を監視しているのではないかと思うほど、彼はいつも丁度良いタイミングで現れる。 今日は厠の帰りだった。書類整理の合間、席を立ったついでに少し休憩でもしようかと思っていたところ。 私が自室に戻ってくると彼は縁側に座って庭を眺めていた。


「鶯丸」
「主、茶でもどうだ?」


湯のみが二つと可愛い茶菓子が乗った盆が彼のすぐ傍に置かれていた。 最初から私と一緒に楽しむために二人分用意してきたらしい。


「ありがとう、丁度休憩しようと思ってたところ」
「そうか、ならば良い頃合いだったな」


さあ座れと言わんばかりに彼が自分の隣のスペースをぽんぽんと手で叩いたので、 足を崩してそこに腰掛ける。間に盆を挟んで互いに腰掛け、庭を眺めて茶を啜った。 爽やかな風味が鼻を抜け、舌にはほのかに甘みが残る。おいしい。 鶯丸がいつも飲んでいるお茶は果たして鶯丸本人が入れているのか、 もしくは他の誰かが入れているのか知らないけれど、いつも上品な味わいだった。 そして今日はより格別な味がする。 もしかしたらいつもより高いお茶なのかもしれない。 そんなことを考えながら茶を楽しんでいると、鶯丸が感心したような口振りで言った。


「主は真面目だな、いつも書類とにらめっこしてばかりだ」
「うーん、真面目というかちゃんと終わらせないと長谷部に怒られちゃうし」
「あいつは主が好きなのか書類が好きなのか、時々わからない時があるな」
「あはは、慕ってくれるのは嬉しいけど、時々鬼教官みたいに厳しいときがあるからね」
「ああ、まさに鬼だ」
「確かに私より書類整理が好きなのかもって思うことあるよ」


冗談めかしてそう笑えば、鶯丸も納得だとばかりにおかしそうに笑った。 基本的に近侍は長谷部に担当してもらうことが多いせいで、 必然的に事務仕事のヘルプはほとんど長谷部にしてもらっている。 他の者に頼んでもいいのだがあまりにも彼の仕事が完璧すぎるので、 得意なのであればと長谷部に任せることが増えた。


「そう言えば今日はやつはいないんだな」
「今日はどうしても長谷部に行って欲しい出陣先があったから、そっちに行ってもらってる」
「ほう、そうだったのか」
「っていうか最初から知ってて来たんでしょ?」


一度湯呑を盆に戻し、小皿に乗せられた菓子に手を伸ばす。 一口分を舌に乗せればその甘みが疲れ切った脳と体を癒してくれる。


「主には何でもお見通しだな」
「だって最近は、長谷部がいる日には絶対に鶯丸来ないもん」
「あいつは少々煩いからな、主の仕事の邪魔をしたら本気で切られかねない」
「今まで何度も怒られてるもんね」


鶯丸がまだこの本丸に来て間もないころ、彼が私の仕事中に 「主、根を詰め過ぎても良くない、茶でも飲んで休憩しよう」 と一時間おきにあまりにも頻繁に部屋を訪れるので、そんなに主を厠に行かせたいのかと長谷部がブチ切れた時があった。 確かに頻繁に訪れる鶯丸のせいでその度に集中力が切れてしまったが、 まぎれもなくそれは彼の私への気遣いであって、嫌な気分がするどころか頻繁に自分を気を掛けてくれることが嬉しかった。 茶なら他の暇な奴と飲め!と長谷部に怒られる度に、 俺は主と飲みたいのだと表情一つ変えず答える鶯丸に長谷部がますますブチ切れたりして。 微笑ましくも懐かしくもある場面が数々脳裏に蘇ってきて、懐かしくなった。 そういえばこんなこともあったよね、と思い出話を鶯丸に切りだそうとしたその時。


「なあ、主」


一瞬の出来事だった。 不意に鶯丸に呼ばれて彼の方に顔を向けると自分の唇に柔らかいものが触れていた。 自分の視界いっぱいに広がる鶯丸の整った顔。 触れるだけのそれはすぐに離れて、鶯丸が食べた茶菓子の甘みがふわっと香った。 いつの間にか重ねられていた鶯丸の左手と自分の右手が熱い。 状況が読み込めないまま何も言葉を発せずに固まっていると、鶯丸が先に口を開いた。


「嫌、だったか?」


そう言われて、止まっていた思考回路がようやく動き出す。 単純なその言葉を意味を理解するのにも時間が掛ってしまい、ぎこちなく首を振るのが精一杯だった。 ずるい。そんな甘い声と甘い表情で嫌だったか?なんて聞かないでほしい。 嫌だなんて言えるはずがない。こんなに嬉しいのに。 思考回路がショートするぐらい嬉しいのに。 でも心臓がバクバクして「嫌じゃない」「そんなことない」といった簡単な言葉を発することすらできず、 何度もぎこちなく首を横に振ることしかできなかった。


「そうか、なら良かった」


お互いの手はまだ重なったままだった。鶯丸の顔が見られなくて思わず顔を反らす。 自由の利くもう片方の手で恐らく茹でダコのように赤くなっている自分の頬を触ってみる。熱い。


「俺はこれからもずっと主の隣で茶を飲みたいと思っている、今日はそれを言いに来た」
「う、うぐいすま、る」
「仕事が大変な主を少しでも息抜きさせたいと思っていつも来ていたが、本当はそれだけではない」
「……」
「何度も主を茶に誘うことで主の隣にいたかったし、主にもそう思って欲しかった」
「…う、ん」
「長谷部には何度も邪魔されたが、そのために俺はずっと主の部屋に来続けた」


本当は全部知っていた。 最初は他人の都合など考えず、とにかく自分のことしか考えていないと思っていた鶯丸が、 ある時から急にタイミングを見計らったかのように私の部屋に現われるようになったこと。 長谷部がいないタイミングを狙って休憩しようと誘ってくるようになったこと。 私の好きな茶菓子をいつも用意してくれるようになったこと。 恐らく質の良い茶葉に変えたのであろう、いつからか急にお茶が今までよりも美味しいものになったこと。
本当は全部気が付いていた。その意味を。


「作戦は成功だな?主」


そう言って満足げに笑う鶯丸はいまだに重なったままの手に力を込めて、 もう離さないと言わんばかりに私の手をぎゅっと握った。


甘い罠


御題配布元様 / Bagatelle

(20200906)

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