主の初めての鍛刀で生まれたのが俺だった。
出会って早々『扱いにくいけど可愛がってよね』なんて偉そうな口を利いた俺にも、
主はもちろんだよ、と嬉しそうに笑ってくれた。
まるで毒気を抜かれる華のような笑顔に思わず拍子抜けしてしまったけど、
この人の役に立ちたい、そう思った。
だからいつも可愛くいられるように努力して、汚れるのは嫌だけど当番の仕事も嫌々ながらちゃんとこなして、
出陣のときも一体でも多くの敵を倒そうと頑張ってきたつもり。
無理して危うく折れそうになるほどボロボロになって帰るときも度々あるせいで、
主を泣かせることもしばしば。
泣きながら俺の無理を叱る主を目にするたびに、彼女の心配も余所にああ、俺って愛されてるんだなあ、
なんて呑気なことを考えて嬉しくなったりして。
きっと主は俺のことを好いていてくれる、彼女の一番になれる日も遠くないのでは、なんて思っていたのに。
「無理しなくていいんだよ、ほら、おいで」
歌仙の腕の中で縮こまり涙を流す主を目にしたとき、自分は彼には敵わないのだと悟った。
自分は彼女の初めての鍛刀であるとはいえ、どれだけ愛されていたとしても、
所詮は主の初めての刀剣、そう、初期刀には敵うはずがないのだと。
歌仙兼定は主の初期刀であった。
俺が主の元に顕現したとき、既に歌仙は彼女の隣にいた。
俺と出会った喜びを分かち合うように、主は自分の後ろにいた歌仙に微笑みかけていたのを覚えている。
まだ主に執着のなかった当時の俺は、ぼんやりとだが彼らの間に固い絆を見出していた。
あの頃は彼らのようになりたいとは思っていなかったし、特に興味もなかったのだ。
だからこそ、
主の隣が欲しい、などと思うような日がくるなんて微塵も思わなかった。
俺は不本意ながらいつも主を泣かせているけれど、その涙を自分が拭っていいものか躊躇っていた。
彼女に触れてもいいのは彼女に許されたものだけだと自分に言い聞かせていたからだ。
歌仙は唯一主に触れることを許された者なのかもしれない。
自分は彼女を泣かせることしかできないが、彼は彼女の涙を拭うことができるのだ。
きっとそうに違いない。
はっきりとその敗北感を身に覚えたとき、俺は二人の傍に歩み寄っていた。
近付いてきた足音に先に気付いたのは、歌仙だった。
てっきり2人の逢瀬を邪魔したことで嫌な顔をされるばかり思っていたが、
彼は俺を視界に捉えるなり困ったような、それでいて安堵したような表情を浮かべていた。
「おや、加州、主に用事かい?ただ…今少しばかり取り込み中でね、後にしてもらえるとありがたいのだが」
俺に背を向ける状態で歌仙の腕の中にいた主は、俺の気配に気付かなかったのだろう。
歌仙が発した言葉でようやく俺の存在に気付いたようで、俺に背を向けたままはっとして顔を上げた。
それから「もう大丈夫だ」とでも言うように歌仙の胸を軽く押し、目元を拭っているようだった。
「ごめん、邪魔するつもりはなかったんだけど、でも俺…」
「邪魔?…何か勘違いしているようだね?邪魔なはずないだろう、むしろ君には―――」
「歌仙!」
歌仙の言葉を遮る主の声に、俺と歌仙は驚いてほぼ同時に彼女に視線を移した。
主の表情が見えない俺とは打って変わって、
歌仙は主と目を合わすなり「余計なことを言ってしまったかな」と困ったように笑った。
「もう…!」と言葉を返し、歌仙の胸を叩いた主は今どんな表情をしているのだろう、
そればかりが気になって。
主、と声を掛ける前に急に彼女が振り返った。
もう泣いてはいなかったが、涙の余韻を残す赤い目元が痛ましかった。
「清光ごめんね、変なところ見られちゃった」
「…なんで」
「え?」
「何で泣いてたの」
つい先程まで声を殺して泣いていたくせに無理して笑う主が痛ましくて、無理して欲しくなくて、
でも涙の理由は知りたくて。
音もなくいつの間にか立ち去っていた歌仙に感謝しながら、俺は主にそう問いかけた。
語気を強めた俺の問いに、主は声を詰まらせ視線を落とす。
どれほど互いに無言の時間が続いただろうか。
しばらく続いたその沈黙に耐えられなくなった俺は、気付けば彼女に手を伸ばしていた。
「主、言いたくないなら言わなくていい、言わなくていいから」
「きよ、み、つ」
「泣くなら歌仙じゃなくて俺の胸にしてよ」
自分が今どんな表情をしているのかはわからなかった。
主が歌仙の腕の中にいたことも、その主が泣いていたことも、どちらも嫌だった。
歌仙がどういうつもりで俺に『邪魔なはずはない』と言ったのか、それもわからなかったけれど、
主が一番に自分を頼ってくれないということが辛いのは確かだった。
もしかしたら泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
俺の腕の中で顔を上げた主は、俺の顔を見るなり一瞬驚いた表情をしてから、また泣きそうな顔で笑って。
「誰のせいだと思ってるの」
「え、」
「そんなこと言うなら心配掛けさせないでよ、清光の馬鹿」
「いっ…!」
何故が突然主が俺の額を指で弾いたせいで、思わず痛みに声にならない悲鳴を上げた。
何をするんだと反論する前に主が再び俺の胸に収まってきて、結局何も言い返せずに、
そのままそのぬくもりを抱きしめた。
後日。
自分を呼び出し『主のためにもあまり無理はしないでくれよ、
彼女が泣いてしまうと僕が慰め役をやらされてしまうんだからね』と苦笑を浮かべた歌仙に、
2人の関係も、自分のヤキモチも、すべてが杞憂であったことを知った。
未だにあの時の涙の理由を教えてくれない代わりに、
主が歌仙から俺に近侍を変えたことで何となく全てを察してはいたけれど。
この先もずっと、主が泣くのは俺の胸の中だけでいい。
君の隣が欲しい
いつもボロボロになって帰ってくる俺が心配で仕方なかったなんて、、、嬉しいじゃんか。
御題配布元様 /
PINN
(20201030)