砂は落ちきった

部屋の明かりが障子に透けている。今日も絶対にそうだろうと思った。 まだ皆が寝静まるほどの時間ではないが、 翌日の朝餉の準備が終わった燭台切や歌仙もそろそろ床に就く時間だ。 そんな夜更けになっても主の部屋には明かりが灯っている。 俺は主の部屋の前で足を止め、声を掛ける前にため息を吐いた。


「ねえ、目の下のそのクマ何?」


俺は怒っていた。 主の部屋に入るや否や苛立ちを隠さない言葉でそう主を問い詰めると 俺の言葉にびくりと肩を揺らして彼女は俯いた。 本部に提出する書類が終わらないのだと言い頻繁に徹夜をする主の姿を、 何度見て見ぬ振りをしただろう。 寝不足のせいで日中よく主がぼんやりしていることは本丸の皆が知っている。 見て見ぬ振りが出来たのは最初の頃だけで、 本丸で過ごす時間が長くなり主との絆が強くなればなるほど自然とそれは出来なくなった。 主が心配なのだ。事務処理が得意な者が手伝いを願い出ても全てが終わる前に、 もう大丈夫だからと強制的に部屋を追い出される。 俺達には負担を掛けさせたくないらしい、自分は無理するくせに。 主はいつだってそうだ。俺達刀の心配は必要以上にするくせに、 主の心配をする俺達の気持ちなんて受け取ってもくれやしない。


「昨日だって確かに寝かせたはずなのに…また俺のこと騙したの?」


また、というのは昨夜が一度目ではなかったという意味である。 寝たように見せかけて実は寝ていなかったということが、今までにもう何度もあったのだ。 頬に添えた手で主の顔を上げさせ親指で少し腫れた目元をそっと撫でると、バツが悪そうに主の眼が泳ぐ。 視線を合わせようとしない主を見つめたまま一つ溜息を吐くと、 ようやくそこで主の視線が気まずそうに俺を捉える。 ごめんなさいと小さく呟いてまた俯こうとする顎に手を掛けて、ぐっと持ち上げれば主は息をのんだ。 身を引こうとする仕草に許さないとばかりにもう片方の手でその背を抱くと、近づいた距離に彼女の頬に朱が差す。 昨夜は確かに主を床に就かせ、おやすみと声を掛けて部屋を出た。 しかし昨日より色濃くなっているクマを見れば、自分の目的が達成されていなかったことは一目瞭然だった。 こう何日も押し問答を繰り返していては埒が明かない。 このままでは本当に主が体調を崩してしまいそうだ。 正直不本意だが、どうしても寝ないというのなら強行手段に出るしかない。


「わかった、主はどうしても寝たくないんだね」
「だってほら仕事を終わらせなきゃ」
「でも今日は嫌でも寝かせてあげることにしたから覚悟してね」
「えっ?きゃ、、、っ!」


主の肩を軽く押せば簡単に畳に背が付いた。天井を背に自分を見下ろす俺を見上げて主が身を固くする。 待って、と必死に絞り出した声を封じ込めるようにそのまま唇を押しつけた。 そのまま唇を割り開いて舌を絡めると、主の悩ましげな声が聴覚を通って俺の脳を刺激する。 嫌だ、と胸を押し返す手とは裏腹に主の唇は俺を拒もうとしない。 緩く開いた柔らかいそこは、もっともっとと俺を誘うようでくらりと眩暈がした。 彼女とは恋人同士でありながらも、最近の主の仕事量と体調を気遣ってそういう行為は随分と御無沙汰になっていた。


「っふ、は、、や、きよ・・・っ」
「嫌って顔してないけど?」
「っ!嫌じゃないけど、、、今はだめ」
「なんで?」
「なんでってまだ書類が終わってないし…それに今はそういう気分じゃ…」


艶めかしく濡れた唇が必死で拒絶の言葉を紡ぐ。 力無い腕が俺の胸を軽く押し返す。 口付けで力が抜けたせいなのか、そもそも拒絶する気がないのがどちらなのかわからないけれど、 どちらにしろそんな弱い力じゃ俺は拒めないよ? 潤んだ瞳も下がった眉もお互いの唾液で濡れた唇も全てが俺をより官能的な気分にさせる。 このまま今夜は主を抱き潰して明日一日布団から出られなくしてやろうか、 今日は最初からそのつもりで彼女の部屋を訪れていた。 明日、主が一日布団に籠っている間に、俺や長谷部や薬研たちで溜まった仕事を終わらせようという算段だ。 主が自分ひとりで抱え込まなくとも、俺達だけで仕上げられる仕事なのは最初からわかっていた。


「駄目だよ主、嫌ならもっと拒まなきゃ」
「っ、、、」
「それにそんな物欲しそうな目してたら全然説得力ないけど?」


主の顔の横に両手をついて逃げられないように囲い込む。 一度離していた顔を鼻先が触れるほどに近付ければ主がこくりと喉を鳴らした。 再び目元を朱に染めた主がいや、、、と拒絶の言葉を紡ぐが早いか 着物の裾を割って滑らかな太腿を撫で上げれば、吐息をこぼして主が身を捩る。 そのまま上へと指を滑らせて着物とは違う滑らかな布地に触れればもうそこは。 指に触れた湿った感触に思わずくすりと笑みを零せば、甘い喘ぎとともに主の瞳に涙が滲む。 最近は仕事のことで頭が一杯とはいえ、主自身に火を付けてしまえばもうこちらのものなのだ。 その気がないなんて嘘ばっかり。


「ほら、もう濡れてる」


砂は落ちきった


御題配布元様 / PINN
(20200915)

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