風の噂を耳にした。
清光が「なんで俺には近侍の番が回ってこないんだよ!」
と文句を垂れているという話である。
ああ、ついにこの時が来たか、そう思った。
比較的均等な期間を均一に回し、刀剣たちに近侍の役目を与えてきたつもりだった。
もちろん場合によってはその期間を長くしたり、
不向きなものには、その役目を与えないように配慮してきた。
しかし、彼を近侍にしないことには明確な理由があり、誰にも悟られないように振舞ってきたつもりだった。
思えば他の刀剣達よりも愛されたい、大事にされたいという欲が強い彼が今まで何も言ってこなかった方がおかしいぐらいなのだ。
「うう、、、どうしよう」
自室の机に肘を付き顔を覆いながら、大きくため息をついた。
今は風の噂に過ぎない話だが、その噂が自分の耳にも入ってきたということは、
彼が自ら物申しに来る日もそう遠くない気がする。
さて、どうやって彼をかわそうか。
下手な言い訳をすれば「なんで俺ばっかり・・・愛されてない」
なんて不貞腐れられて任務や内番にも支障が出るに違いない。
「なに溜息ついてるの」
本当は心配してくれているくせにわざと冷やかな色を滲ませたような問いかけに、
私は顔を覆っていた手を退けて、声を掛けてきた近侍の方に顔を向けた。
「安定くん、君は主を心配しているならもう少し優しい物言いができないのかな?」
「(完全なる言いがかり……)人が心配してあげてるのにその言い方は何?」
お互いに満面の笑みを浮かべて刺を刺しあう。
いや、待て。こんなことをしたいわけではない。
何なら彼には助けてもらいたいぐらいなのだから、くだらない争いをしている場合ではないと思い直して、
心を穏やかにしようと試みる。深呼吸をひとつ、、、ハイ、良し。
「す、すみませんでした。謝るから…少し助けてもらいたいことがあるの、ですが」
「・・・どうしたの」
いきなり大人しくなった私に安定は怪訝そうな眼差しを向けてくる。
いや、そんなあからさまに嫌そうな顔しなくてもいいんじゃないかな・・・。
「じ、実はね、近侍についてのお話なんだけど、、、」
「近侍?・・・なに、もしかして今の近侍が僕なのが不満だから変えたいって話?」
「ち、ちがう!そうじゃなくて、その、あの、」
何となく言いづらくて語尾がどんどん小さくなっていって、ついには言葉に詰まる。
助けてもらいたいと相談しながらモゴモゴとし始めた私に、
さっきまで刺のある言葉ばかり吐いていた安定もついには本当に心配そうな不安そうな表情を浮かべた。
最初は沖田君、沖田君と前の主のことばかり呟いていた彼も、
今ではなんだかんだ言って自分のことを主だと認めてくれていて、
むしろ慕い始めてくれていることは知っていたので、
もしや自分が近侍であることに何か問題があるのか、と思ったのかもしれない。
ちがうよ、ちがうんだよ安定くん。
彼を安心させるように「ほ、ほら、最近風の噂で聞いたんだけど、君と同室の・・・」
と言いかけたところで彼が「ああ、」と一瞬にして表情を変えた。
そう、呆れたような表情に。
「ちょっと何ですか!なんで急にそんなにもあからさまに呆れた顔するの!?ねえ!?」
「だって・・・君まだそんなことしてるんだ、、、って思ってたから」
「思ってた?!思ってたってことは過去形ですよね?!過去形なら現在進行中でその呆れた顔するのやめてくれない?!」
「(うるさい・・・)呆れた顔するのは君が子供染みたことしてるからでしょ」
「うっ・・・!そんな一刀両断するみたいに切り捨てなくても…!」
好きだから意地悪をする、というのは幼い子供にありがちな行動心理である。
安定の言うことは最もであって、反論する余地も無いほどにその通りだった。
私の場合は幼い子供のそれではないとは言え、わかりやすいところが似ているのかもしれなかった。
しかし、風の噂でと言っただけで何のことかわかるということは、
やっぱりこれは本丸全体に周知の事実なのかもしれない…。
「好きだから遠ざけるって、本当に馬鹿な話だと僕は思うけど」
「だ、だって、緊張するんだよ・・・上手く話せなくなるし・・・何話していいかわからないし・・・」
「気持ちはわかるけどさあ、主は自分に自信無さ過ぎ。少しでも清光が自分と同じ気持ちかもって思ったことないの?」
呆れた物言いから一変して、諭すような口調でそんなことを言い出す安定に思わずぽかんと口を開ける。
そのままぱちぱちと瞬きを繰り返して「ない!・・・それはない!」と言い返せば、
彼の口から大きなため息が一つ吐き出された。
「何でそんなに自信持てないの・・・・・、あ・・・ほら、噂をすれば・・・来たんじゃない?」
「え?!来たって誰が・・・・・・え?!え?!うそ!!!え?!」
先に気が付いたのは安定だった。
廊下の床が軋む音がして誰かがこの部屋に近付いてくる。
少し足早で、でもそこまで体格が大きくないせいなのか軋む音も僅かで。
間違っていなければ安定が言った通り、きっとそれは彼の足音。
「やだやだ、困る!」と言って安定の背に隠れようとすれば「なにするの、やめてよ、ちょっ・・・こら!」
とまた言い争いになる。
「主−!ちょっと話あるんだけどいいー?」
ついにその気配が声を伴ってすぐそこまで来てしまった。
運が良いのか悪いのか、ちょうど良く空いていた障子のせいで部屋と廊下を隔てるものが何もなかったのがいけなかった。
いつもなら部屋を訪れる者、皆が一度声を掛けてから部屋の中へ視線をやるのに
今日はそれがなく、要件を言いながら清光がそのまま部屋の内部、つまり私たちを目にしてしまったのがいけなかった。
「主・・・と安定、なにしてんの・・・?」
揉み合う内にちょっとした拍子で安定に押し倒された状態になっているところに清光がやってきた。
安定より先に清光と目が合った私は、茫然と私たち2人を見下ろす清光に引きつった表情を浮かべるしかなかった。
早く安定を自分の上から退かせなければ、と腕に力を込めようとして安定に視線を戻せば少し頬を赤らめた安定と目があった。
ねえ、なんで赤くなってるの・・・さっきまであんなにトゲトゲしてたくせに
肝心のところでなんでデレちゃうの・・・。
これではまるで今にもそういうことが始まりそうではないか。
なんでこうなった。
ああ、泣きたい。
ゆるやかな一撃を
御題配布元様 /
星食
(200902)