「お前まだ山本に告ってねえのかよ」
机に頬杖をついている獄寺は呆れたように溜め息を吐いた。
今まで彼には幾度となく見透かしたような物言いをされている。
私は隣の席に座るその獄寺を睨みつけながら「うるさいな」と悪態を吐いた。
獄寺にそんなことを言われたせいで苛立っていたのもあったけれど、
苛立ちの本当の原因はそんなことではなかった。
それは今、武に会う為に私達のクラスにわざわざ足を運んで来た他のクラスの子の存在だった。
その子に呼ばれて教室のドアへと向かった武の背中を、
唇を噛み締めながら見つめていた私を見た獄寺が、冒頭の言葉を口にしたのだ。
私は武のことが好きだった。
「早くしねえと誰かに取られちまうぞ」
「…わかってる」
相変わらず呆れた顔を向けて来る獄寺の言葉に、今度は私が溜め息を吐いた。
わかってはいるけどそうはいっても、愛の告白なんてそう簡単にできるものではない。
まだ武とそれほど関わりが無かったとしたら、玉砕覚悟で告白できたかもしれない。
でも彼と私は、親しい友人なのだ。
それはそれで嬉しいのだけれど、だからこそその関係を恨んだこともある。
その近い関係がゆえになかなか告白ができないのだ。
今の『友達』という関係を壊したくなかったからだ。
告白して成功する確率なんて、最初からほとんどないのがわかっているから、
わざわざ友達という関係を壊してまで想いを伝えることに躊躇いを感じてしまう。
「にしても何でアイツも彼女作んねえんだろうな」
ドアの方を見つめながら、獄寺は不思議そうに眉を顰めてそう呟いた。
彼と同じようにドアの方に視線を移せば、少し困ったような表情を浮かべて片手を上げている武の姿が目に入った。
恐らく例の女の子に、告白かデートの誘いでもされたのだろう。
武のあの表情と様子から判断すると、彼は女の子に伝えられたのだろう何かを断ったようだった。
相手の女の子は今にも泣きそうな真っ赤な顔をしていた。
それからぺこりと頭を下げて彼女が去っていく姿が見えた。
武は頭を掻いて少し疲れたような顔をしながらドアを離れる。
それにしてもあの女の子、よくもまあこんなにも人の多い教室で呼び出しなんてできるなあ。
その所為でまた、武がクラスの男子にからかわれている姿が目に入ってきた。
恋する乙女の力はすごいと思う。
私も彼に恋しているけれど、でも彼女のようなことは自分には絶対にできないことだった。
「まあ俺にはアイツのどこがそんなにいいのか、全然わかんねえけどな」
『ったくこの学校の女はホントに見る目ねえよな』
と椅子の背もたれに寄りかかり、踏ん反り返った獄寺が言う。
獄寺君、仮にも君が言うそのアイツこと武のことが好きな私が君の隣りにいるというのに、
よくもまあそんなことが言えるよね。
私のことも見る目がないと言いたいんですか。
呆れながら彼に視線をやれば、当の本人は暢気に大きな欠伸をしていた。
逆に私にとってはどうしてこんな獄寺もまた、武のように女子にモテるのかってことの方が謎なんだけど。
「」
獄寺に恨めしい視線を送っていると、突然声を掛けられる。
「消しゴム落としてたぜ」
そこには先程までクラスの男子にからかわれていたはずの武がいて、
いつも通りの愛想の良い笑みを浮かべていた。
彼の掌の上には小さな消しゴムが乗っている。
間違いなくそれは私のものだった。
名前が書いてあるわけでもないのに、どうしてそれが私のものだとわかったのだろう。
驚いて見詰めていた消しゴムから顔を上げれば、
武はまた笑って「ここに落ちてたんだ、お前のだろ?」そう口にした。
「あ、ありがとう」
「おう」
笑顔を作ってそう言えば、武は笑顔のまま消しゴムを握った拳を差し出してきた。
それを受け取るために私も自分の掌を差し出せば、
消しゴムを乗せた武の指が少しだけ私のそれに触れた。
どきり、とした。
好きな人の体温と言うのはどうしてこうも心地よくて温かくて、
一瞬触れただけでもこんなにも嬉しいものなんだろう。
思わず胸が締め付けられて、想いが逸る。
「武」
気付けば私は彼の名を呼んでいた。
武から受け取った消しゴムを掌に握りしめて彼を見上げる。
『なんだ?』と驚いたように言葉を返した武。
私はその言葉を口にすることに少しの躊躇いもあったけれど、もう止まりそうになかった。
武への想いが溢れ出していく。
「あのね、話があるんだけど、今日の放課後ちょっといい?」
そう口にした後、私自身、自分の行動に驚いていた。
何故そんなことを口にしてしまったのか。
今までもこれからも口にする予定が無かった、その言葉を。
現に先程から私と武の様子を横で見ていた獄寺も驚いた表情を浮かべていた。
中でも一番驚いていたのは武だった。
ぽかんと口を開けたまま、何も言わずに私を見ていた。
「…武?」
「え?あ、ああ、わかった、放課後な!」
彼はそう答えるなり、すぐにその場を去って行ってしまった。
獄寺に声をかけられるまで、その武の背中を私は呆然と見つめていた。
「、お前、脈アリなんじゃね?アイツ赤くなってたぞ」
少し驚いた様子でそう言った獄寺の言葉に今度は私が驚く番だった。
緊張し過ぎて武の顔を見れなかった私は、彼の表情の変化に気が付かなかった。
獄寺にそう言われてから、からかわれていた友達の元に戻って行った武を改めて見つめれば、
確か彼はに口元を押さえ、友達と『おい、山本どうした?』『な、なんでもねーって!』などとやり取りを交わしていた。
そんな武の様子に私は自分の頬が熱くなるのを感じながら、彼の指が触れた自分の拳をもう一度見つめ返した。
魔法の指先
御題配布元 /
狸華
(20080419)
(20210223)修正