「待ってよ、さん!」


僕がそう叫んでもさんの足は止まらない。 目の前に続く長い廊下の先へ逃げるように彼女の足は進んでいく。 仕方無しに僕も足を進め出すけれど、彼女の方が速度が速いようで追いつかない。 もたもたしているとこのまま彼女を逃がすことになってしまう。 そんなことはさせない、だってまだ答えを聞いていないんだよ。さんからの返事を。


「何で逃げるの?」


速度を速めてさんに近づいて、腕を掴んで引きとめて、僕は彼女にそう言った。 さんは僕に背を向けたまま、びくりとその反応を返す。


「っ、だって、」
「だって、なに?」


さんは絞り出すような、泣きそうな声を発した。声が震えているのがわかる。 どうしてそんな声なの。なんで泣きそうなの。そんなに嫌だった?僕に好きって言われたのが。 それとも嬉しかったから?ねえ、はっきりしてくれないと、僕、さんが逃げたこと、どう解釈していいのかわからないよ。


「だってそんな風にフゥ太のこと見たことない…!」


つまりは僕に好きって言われたのが嫌だったってこと? はは、そっか、そうだよね、こんな年下の僕のことをそんな風に見てくれるわけなんてないよね。 そんな風に簡単に思うことが出来たらどんなに楽だったろうか。 さんは残念かもしれないけど、僕はそんなに諦めが早い男じゃないよ。 さんに関しては特に。 だってこんなに好きなのにそんなに簡単に、はいそうですか、なんて諦められるわけないよ。 さんの言葉に無意識に唇を噛み締めて僕は、またもや無意識にさんの腕を掴む力も強めていたらしい。 さんが腕の痛みに息をのむ声が聞こえた。


「だっ、だから、離して」
「嫌だよ」
「!…なん、で」


未だ背を向けたままのさんが僕の腕を振り解こうとして腕を振る。 でももちろん僕は離さなかった。 離したくないという気持ちを言葉に表せば、さんは驚いてやっと僕の方を振り向いた。


「別に今は好きじゃないとしても、これから僕をそういう風に見てくれればいいから―――――」
「だから、無理なんだってば…っ!」


僕の言葉を聞いたさんは、ますます泣きそうな顔を歪めて僕の腕を振り払った。 さすがに今のは僕も傷付いたよ。 そんなにも嫌そうに僕の手を振り払うなんて。 でも『だから』って何?そんなの理由になってないよ。 これからのことなんて、誰にもわからないのに。どうして無理って最初から決めつけるんだ。


「もう、忘れて」
「えっ…?」
「私への気持ちなんて、もう忘れて!」
「だ、だからそんなの僕だって無理だよ…!ってちょっと待ってよさん!」


俯いていたさんは最後にそれだけを言い残して、今度は廊下の先へと駆け出して行ってしまった。 気後れした僕はついさんが去っていくのを、その場に立ち尽くしたまま見送ってしまった。


「くそ…っ」


本当は僕のこと、そういう風には見てくれてないってわかってたよ。 でも言いたかったんだ、拒絶されてもいいから、自分の想いを伝えたかった。 拒絶されてもいいから、なんてただの強がりで、もしかしたら受け入れて貰えるかもなんて少しの希望も抱いていた。 だけどやっぱり無理だったんだね。 わかってたけど…わかってたけど、さ。 実際そうなるとやっぱり結構辛いんだね。さんがいなくなった後の、 一人取り残された廊下の壁に寄り掛かり、ずるり音を立ててその場に座り込む。 どうしても僕のことを好きになってくれだなんて、無理は言わない。 だってそれは本当に無理なことだから。さんにも言われちゃったし。 でもね、さん。それと同じくらい僕にだって無理な事がある。 それは貴女への気持ちを忘れることだよ。 これだけは例え貴女にそうしろと言われたとしても、到底無理なことなんだ。 こんなにも僕の心も頭の中も、全てがさんで一杯なのに、そんなの無理だよ。 僕だって忘れられるものなら忘れたい。 忘れることが出来るのならば、貴女に拒絶された傷付いた心も楽になる。 だけど忘れられないんだよ。貴女の存在は僕の中で大きくなり過ぎてしまった。 全部全部、さんの所為だよ。 なのに忘れろだなんて、勝手すぎるよ。そうでしょ? そんなこと言うなんて、本当に勝手だよ。


忘れさせてくれないくせに


タイトル配布元様 / Seacret words
(20080306)
(20210318)修正

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